【大規模な集金イベント】開催されるも、苦情殺到で主催者謝罪文掲載。w

つーことで、先日「集金イベント」の話を書いたばかりなのだが、なんと!こんな事件が勃発した。www

取り敢えず、エキサイトニュースで全体を把握。whttp://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20161114/Itmedia_business_20161114078.html

まぁ、コレだけが事実ではないが、概ねこんな話だ。
他のニュースを見ても大差無い。
と言うか、最近のWEBニュースは「各社コピペしてんのか?」と思うほど、主旨・思想、視点・立ち位置、文章そのものや言葉の使い方までがそっくりだ。w
なので、どれを見ても大差ないだろう。

で、問題の謝罪文だが、それはこちらに掲載されてる。
http://www.klabentertainment.com/news.html#n01

一応、いつ消えるか判らんのでスクショも掲載しておく。
さて、ここで思うことがいくつかある。

前回オレは、昔ちょっとだけ有名だったアーティストを地方都市に呼び込み、そのギャラや売上捻出のために、地元のバンドにノルマを掛けて回収しようとするビジネスモデルが嫌いだと言った。
今回は、海外で開催されてたイベントを国内に持ち込み、誇大広告にてお客を集め、法外な入場料を取ったにも関わらず、広告内容が完遂されなかったと言う話だ。

形は違うが、「主催者」が「いい加減な内容のイベント」を利用し、「消費者」からカネを巻き上げてると言う構図は同じだ。

違うのは「消費者」が一般市民か、「バンドマン」かの違いくらい。

著名人の名前を借りて、あこがれの著名人に会うためには多少高額でも支払います。という「ファン心理」を利用し、中身の薄いイベントを開催した事がマズい。

但し、今回のクラシック・ロック・アワードは中身が薄いのではなく、主催の宣伝が濃すぎた訳だが。w

で、その気になった事なのだが、謝罪文の中に以下の文章を見つけた。

●「出演者の年齢を考慮し、また多数のアーティストが出演するフェス形式というイベントの性格上、出演者・演奏内容の変更を完全に防ぐことは難しかったと考えております。」

確信犯か?
それとも本気で素人か?
多数のアーティストが出演するフェス形式のイベントだからこそ、事前に打ち合わせし、興行内容を固めるのがアタリマエだろ?
つーか、そもそもこれ「フェス形式のイベント」ではなく、「アワード」だろ?w

●「本イベントは、ジミー・ペイジ氏の単独コンサートではなく、多数の出演者によって構成されるイベントですので、演奏が行われませんでしたがイベント自体は成立していると判断しております。 そのため、チケット代金の返金は出来かねますので、ご理解の程、お願い申し上げます。」

「ジミー・ペイジ氏の演奏を本イベントの目玉として予定」してるのに、それが無かったらイベントは成立してないだろうが?
単に人が集まって、売上が出来たらそれでイベント成立か?

●「逆に、券売時に告知をしていなかったジョニー・デップ氏やジョー・ペリー氏が参加し、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。」

おいおいw、謝罪文で開き直ってどーする?w
「逆に…」じゃねーよ。w
上場企業だから、横柄なのか?w

しかも、そもそもジミー・ペイジと演奏契約がされてない可能性まで浮上してる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161114-00010005-etalent-musi

つまり、本国でのロックアワードでジミー・ペイジが演奏したことはないらしい。
とすれば、ジミー・ペイジ側が慣例的に出演を容認したとすれば、その契約では演奏は含まれない可能性が高い。
KLab側は、ちゃんと文章で確認を取ってるのだろうか?
細かい話は現時点でははっきりしないが、KLab側の言い分と、実際のロックアワードでの過去のジミー・ペイジの行動はちょっと離反してると思う。

果たしてどちらが正しいのか不明だが、もし、演奏契約(出演=演奏ではないから)自体が締結されてないならば、ジミー・ペイジが演奏しなくても当たり前だし、主催側が「演奏予定だった」というのはもはや詐欺でしか無い。

どちらにしても、このロックアワードをちゃんと理解せずに、目先の収益に踊らされた主催側の大きなミスだと言わざるをえない。
だから、ジェフ・ベックとジミー・ペイジが共演(演奏する)ような広告を打ってしまうのだろう。

「ジミー・ペイジ氏の演奏を本イベントの目玉として予定しており…」

例えば…

立食パーティーで、ドリンクは出たが、食事が出なかった。

食事がこのイベントの目玉だったのだが、シェフの都合で食事が出なかったが、美味しいドリンクが頂けたので、立食パーティーは成立します。

と言うのと同じだと思う。
これを、「そうか仕方がない。」と思う人はどのくらい居るだろうか?w

さて、また業界筋に嫌われるようなこと書くよ。w

でも、まじムカついてるから仕方がないんだよ。
 
今朝方、とあるところからライブイベントのお誘い(見に来て下さい系のね)が来たんですが、その内容を見てガッカリ。
誘ってくれた彼が悪い訳じゃなくて、その背後で仕切ってるなんつーか、イベンターか主催かなんかしらんが、この企画を立てた奴。
 
「集金イベント」丸出しなんだよ!

 昔ちょっと売れた○○さんがスペシャルバンドを引き連れて来札しますって内容。 ちょっと売れてたと言っても、Jロックの話だから、一般の人は名前聞いても知らんだろうって面々。
 
そのサポートに地元のミュージシャンやアーティストが一同にあつまってライブ演るんで見に来て下さいって。
因みに、その地元勢も殆ど名前も顔も知らないような連中ばかりなんだが…。w
 
誰がカネ出してるんか知らんが、大層な場所で演るイベントなので、安くはない。
実際チケットも、一般的なアマチュアライブの1.5倍〜2倍位する。
この手のイベントって、その○○さんは既にオワコンで集客できないけど、地元に来てくれるんでギャラ払わなきゃならないから、ギャラ捻出のために、地元の素人に金出させよう。みたいな思想が見て取れるわけ。
 
本来なら、○○さんの名声で集客して、地元はその恩恵に預かれるような形になるべき内容の筈なのだが、最近行われるその手のライブイベントは、殆どがその○○さんか主催の集金イベントと化してて、○○さんも即席バンドで、昔売れた曲とコピー曲を低レベルな演奏やステージングで何曲かやっておしまいと言う、薄っぺらい内容で、金だけを搾取するようなビジネスモデルだ。
 
その実態は、肝心の○○さんが今はもう力無いから、地元のバンドマンに集客させて、ギャラも払わせて、挙句に尊敬までさせてるという、殿様商売。
そんなんがまかり通ってる音楽業界にはオレは相当辟易してる。
だから、この手のイベントにありがたがって金払って参加してる地元バンドやミュージシャンが本当に不憫に見える。
本来、人気商売なんて売れてる奴がエライのに、売れなくなった奴がキャリアに物言わせてふんぞり返ってるのをわざわざ金銭援助までして、偉そうにさせる意味があるんだろうか?ってマジ思うわけ。
 
本当にその○○さんに力があって皆の憧れだったり尊敬を集めたり出来るなら、地元のサポートなど必要としないだろうし、規模はともかく、自力で集客して勝手にライブイベントでも何でも演って稼ぐだろう。
 
オレが知ってる人だと「王様」とかがそうだ。
いつも1人で地元サポート等使わずに、自身の名前だけで集客し、ちゃんと収益も得てる。
確かに、大きな会場の仕事は少ないかもしれないが、小中規模の会場を満員にして、本当に楽しい時間を提供してくれるからリピーターも多いし、そこそこの料金でもいつも満員なのだ。
これが本物の芸能人だと思う。
 
自ら集客もせず、地元のアマチュアバンドから集金だけして帰って行く奴らは、ヤクザみたいなもんだろ。
「バンドやってるならみかじめ払え」って言われてるみたいでオレは気に入らない。
 
そういう連中が、アマチュアシーンを停滞させて、結果メジャーシーンまで衰退するという悪循環を生んでると思わないのだろか?
そんな集金ツアーばっかりやってるから、CDも売れなくなると思わんのか?
商業的に考えても、アマチュア演奏家をちゃんと育てないと、それを演奏する側だけじゃなく、聞く客側も育たない。
目先の商売に気を取られて、大局を見れない私欲に走るクズ業界人や音楽人が多すぎる。
 
以前、オレのところにも話が来た。
外タレを呼びたいから、ノルマ10万で参加しないか?って。
その外タレ、札幌で客呼べるなら、地元のオレに10万もノルマ掛ける必要など無い筈だ。
本来なら、その外タレが集めた客の前で演奏したいなら、前座やらせてやる位の話になってる筈。
で、オレは集客などしなくとも当日そこに行けば、客がたくさんいるってのが本来の姿じゃないのか?
 
話を聞くと、その外タレの渡航費等(つまりギャラだな)を捻出するために、纏まった金が必要で其れをオレたちにノルマって形で出してもらおうって考えだった。
その外タレは札幌でライブをやって採算取れるようなレベルじゃないって事なのか?と聞くとそうだと答える。
もう話になってなかった。w
 
なんで、そんなギャラ持っていくような「大物バンド」の為にオレが集客しなきゃならないんだ?
しかもオレが集められなかったら足りない分は金取られるんか?
バカバカしくて断った。
そいつらが、本気で人気あるというなら、実力で集客しろよと思うわけ。
その上で、「お前たちにウチの客を貸してやるから、演奏料払えよ。」って言うならまだ話解るけどね。
 
もうね、ホント、このアマチュア音楽界をぶち壊すような、目先の商売に囚われたクズ音楽人は絶滅して欲しいと心から願うよ。

【シェッタガーリア見てきた!】(長文だよ。w

FBのTLでも書いたのだが、あとで振り返れるようにと、思い入れが強すぎて加筆。
澄川モダンタイム。
キヤヘンの札幌イチ推しバンド「BADSIGN」のライブだったんですが、オレ的にはちょっと申し訳ないが昨夜の目当てはトリのシェッタガーリアでした。
(ゴメン親分!)今から30年程前、札幌や小樽で話題になってたアマチュアバンドのシェッタガーリア。
当時、誰もが当然メジャーデビューするだろうと思ってた。
革新的と言うほどの音楽センスと、ロックと演劇、ロックと舞踏等、芸術・文化と言われるあらゆるジャンルと融合しつつ独自の世界観を描いていた。
音楽と演劇の融合というとミュージカルを連想する人が多いかもしれないが、そのステージ自体は純然としたロックコンサートのステージなんですが、小芝居をふんだんに取り入れ、まるでコンセプトアルバムを映像付きで聞いてるような、そんな不思議な感覚でした。
もう、アマチュアとかプロとかっていう枠組みでは語れない、本物のアーティストと言うか、表現者集団だった。
オレ自身、当時シェッタガーリアとライブで対バンに成ったことがあって、その時に聞いた「ワルシャワの貴族」って曲と、「東京モダンボーイ」が頭から離れない訳ですよ。
ワルシャワはエンディングのあのフレーズと、東京モダンボーイのイントロフレーズは、今でもすぐに出てくるほどのインパクトで頭のなかでもう30年もヘビーローテーションされてますが、当時から人を寄せ付けないオーラが出まくりのミミさんには、、オレもビビって声もかけられなかった。
(だから、その時のことはミミさんは覚えてないそうですが…w)それから20数年して、そのミミさんからメールが来て、郎平にギタリストとして数年在籍し、その後はジプシーローズでギターを担当してました。
その間、1度だけシェッタガーリアのライブがあったんです。
その時は、オレ自身もシェッタガーリアのギタリストとして参加させて頂き、なんと歴代正式メンバーの一人として名前を連ねさせて頂きました。
(感涙)でも、その時のライブは「封印」ライブでもうシェッタガーリアは演らないって話だったんです。
なので、オレはメンバーとして迎え入れてもらった喜びと、「もうシェッタは聞けない(見れない)んだ。」と言う悲しい気持ちで複雑だったことを覚えてます。
で、ある日FBでBADSIGNのライブ告知がされて、よく見るとそこにはシェッタガーリアの文字が。
「??????」となって、とりあえず経緯を知ってそうな人何人かに聞いてみたら、みな「知らない」と…。
流石にヘタレなオレは、ミミさん本人には恐れ多くて聞けませんでした。w

とりあえず、「このライブは絶対に見逃せない!」ってことで、行ってきました。
あの当時の珠玉の名曲がなんと、バンド形式ではなく、本当のオリジナルメンバー山田昭雄氏とのデュオという形で演奏されました。
マノンレスコー
チゴイネルワイゼン
畸形の薔薇
浅草アバンゲール
アモーレアミューズ
そしてアンコールにはなんと新曲!(題名不明)で締めました。
札幌のカリスマ、伝説のバンドシェッタガーリア。
バンド形式ではなく、本当のオリジナルメンバー山田昭雄氏とのデュオという形でしたが、そこには紛れも無くあの時の伝説が有りました。
でも「あの日のサッカリン」とか、今なら放送コードに引っかかりそうな歌詞だよな。www
「戦争で死ねなかった貴方の為に安らぎを与えてくれる白い牢獄」このシェッタガーリアの曲達は、青春時代だったオレの音楽性に大きく影響してて、自分では殆ど意識してなかったが、今現在オレの作曲やアレンジの中で随所にその影響の片鱗が見え隠れしていることに自分で気付いて、改めてシェッタガーリアのオレに対する影響の物凄さを感じている。
同じ意味で、オレのギタースタイルもサーベルタイガーの木下さんの影響を大きく受けている事に気がついた時はちょっと驚愕だった。w
シェッタにしてもサーベルにしても、どっちもオレの中では大切な青春時代の思い出のバンドであって、思い入れが強いからこそ、必要以上に影響を受けたくなかったので、敢えてコピーもしてなかったが、それでも随所にその影響が現れるほど骨身に染みているということなんだろう。
このライブ当日、マノンレスコーから始まったライブ演奏は、弾き語りながらあの当時のあの雰囲気を更に深化させたような独特の世界が広がっていた。
当時20代だったミミさんの歌う姿は今でもDVDで見ることが出来、むしろ今は殆ど歌うことがないせいも有り、当時のシェッタとはまた別な趣があることも確かだ。
完成度や世界観の深さみたいのは、実は今の今回の弾き語りの方が凄いのだ。
DVDで見る当時のシェッタガーリアは、ミミさん自体が若かったせいもあって、若干の背伸び感を感じ取れる。
それでも当時はこの状態でベストだったろうし、またこの当時のシェッタガーリアに酔いしれたことも確かだ。
しかし昨夜のシェッタガーリアは、当時の粗さや若さを全て振り捨て、成熟したものとして仕上がっている感があった。
どの曲も、よりその深みを増して迫ってくる。
激しいドラムも、うねるベースも要らない。
必要最小限のオルガン・ピアノ・ガットギターだけの演奏で、あの当時よりも深く激しい世界を作り上げてしまうところにこそ、シェッタガーリアの真価を感じた。
家へ帰ってきてDVDを見ながら昨夜のライブを思い出してみるが、正直詳細はよく覚えていない。
しかし、その場の雰囲気と言うか、あの空間の深さというか、そういったものだけはしっかり体に刻み込まれている感じだ。
そして、この昨日の曲達は、既に30年前に作曲されていたと言うこと自体が驚愕の事実だと思う。
この才能はハンパなく尋常じゃない。
セットリスト自体は、終わってから見れば、シェッタガーリアとしては順当な選曲であると思うが、畸形の薔薇が始まった時、そのイントロが流れた瞬間、会場からどよめきが起こった。
つまり、今回はそれだけシェッタガーリアに期待してきたお客さんが多かったということ。
モダンタイムは人に溢れ、会場は蒸し暑く、煙草の煙で空気も淀んでおり、シェッタガーリアが始まるまでの時間がものすごく長く感じたが、いざ始まってしまうとあっという間に終わってしまった。
もっと聞きたいと思うが、もっと!っと思う程度が多分ちょうどいいのだろう。
足りない分は次の機会にまた聞きに行けばいい。
しかし、次は果たして何時になるのだろうか?あまり頻繁にやられても有り難みが薄れてしまうが、我々は人生後半戦も半ばに差し掛かっているので、あまり間隔が空いても切ないだろう。
そういうことを考えると、やはり昨夜のシェッタガーリアライブは、札幌の音楽人にとっては見逃せないマイルストーンだったんじゃないかと思う。
シェッタを知らずして札幌の音楽シーンを語るべからずと言っても過言じゃ無いほど、札幌の音楽シーンの礎を作ったバンドなのだから。
今札幌の音楽シーンで活躍している若い人たちは、ミュージシャンも裏方さん達も、すべからくその礎の上に自分たちが成り立っている事を自覚して欲しいと思う。
今「アマチュアのライブ会場にお客さんが来る」という状況を作ったのは紛れも無く彼らなのだから。

【東京都小金井市アイドル刺傷事件…その後】

最近は報道も少し下火になったけど、被害者はまだ意識不明重体のままなんだろうなぁ…。

こう言う基地外は社会に必要ないので、裁判無しの問答無用で これ以上ない残虐な殺し方で自分のしたことをじっくり後悔させながら死刑にすりゃいいと、心の底から思うよ…。 それでもまだ足りない程の凶悪殺人行為だ。

http://www.sankei.com/affairs/news/160607/afr1606070036-n1.html

久々に音楽話における苦言。w

完全に生活パターンを見失った! これで2日徹夜してることに成る…。
で、昼間耐えかねて数時間寝る…。
また夜寝れない!
でも、明日も早くから仕事で、早起きしなきゃならないのに、まだ寝れない。
ヤバイなぁ〜〜〜〜。。。。
 
あ、で、今日は(既に昨日)ヴォイスワークス札幌の「NewComer」というコンテスト形式ライブの1回目でした。
PAのオジサンを命ぜられ、再後尾で皆さんの熱演を拝聴していました。
 
全員10〜20代の若い男女。 歌手志望か、シンガーソングライター志望の方ばかり。
オリジナル曲あり、カヴァー曲有りの6時間、23名の出演でした。
 
しかし、今時はこう言う登竜門的なイベントがいたるところで行われていて、非常に羨ましいと思う。
自分が若かった頃は、音楽(ロックやポップス)で生計を立てようなんて話が出たら、そりゃもう両親を始め、親戚一同が猛反対して大騒ぎに成る時代だったんで、本当に羨ましい。
 
そんな時代のプロ志向の若者たちなんですが…ちょっと苦言を…。(苦笑
まぁ、こういう事を感じるってことは、自分がオヤジに成ったんだなぁと思う反面、プロ志向(つまりメジャーデビューなど、音楽で食おうと思ってる)なら、もう少し巷のアマチュア志向の連中とは違うよ!ってところを見せて欲しいと思う。
 
オレは、プロとアマの境界線が曖昧な昨今、その不明瞭な境界線のおかげで音楽業界全体のクオリティーが下がって居ると感じています。
 
アイドルがもてはやされて、音楽なんか「おまけ程度」にしか認知されない昨今だからこそ、クオリティーの高い音楽を演ることで、「プロミュージシャン」(プロ志向も含む)としてのアイデンティティーを確立して欲しいと切に願う。
普通の人が余暇でやってるレベルの事じゃなく、本気で取り組んでるからこその意気込みや熟達したテクニックを披露してほしい。
 
しかし、残念ながら今回のライブは、正直「なにやってんだ?」って感想だった。
・ギター弾き語りの子が多い中、チューニングも満足にできてない。
・あからさまに練習不足、仕込み不足のままステージへ上がってくる。
・誰に向かって、どこに向かって歌ってるのか判らない。
こんな状態だった。
 
まずギターのチューニング。
 
弾き語りの連中は、ピアノかエレアコだったのだが、エレアコの連中は、まずチューニングしろ!
酷い奴は、ステージに上がってから、おもむろにチューニングし出す奴も居る。
本来、ステージに上る前に楽屋でやっておくべき作業だ。
チューニングに金を払いたいと思う客がいると思うのか?と問いたく成る。
また本番の最中にチューニングするものだから、焦って正確に合う前にそそくさと演奏し出す。
おかげでかなり聞き苦しい。
具合が悪くなる。
この辺は、歌がうまいとか下手とかの問題じゃなくて、もう「マナー」のレベルだと思う。
 
そして練習不足。
 
仮にも、コンテスト形式である。
つまり、ライブの出来が定量化されて、誰にでも客観的に評価出来る状態にされる訳だ。
そんな場面で、練習不足とか、仕込み不足のものを持ってくる神経が判らん。
普通なら、少しでも良い評価を得るために、その時点で最高の物を準備し、ライブに挑むんじゃないのか?
「私の練習成果を見て下さい!」的な途中経過を見せる発表会ではないのだ。
お客さんが出演者の定量的評価をして、其の結果で今後の活動のガイドラインが決まるくらいの重要なライブだと思うのだが、どうもそういった意識が低すぎると感じた。
明らかに出てない声や、明らかに歌い込んでない曲、明らかに練習不足な演奏、そういったものを「コンテスト」に持ち込む連中の気が知れない。
 
で、誰に向かって歌ってんだ?
 
ステージに立ち、自己紹介とともに会釈をして歌い始める。
歌い終わってまた頭を下げて去ってゆく。
コンテスト形式なので曲数は最大2曲に制限されており、MCは基本的に無しとされている。
つまり「歌のガチンコ勝負」なわけだ。
ならば、歌たいながらどれだけアピールできるかが重要なんじゃないだろうか?
MC有りなら、MCで面白いこと言ってウケを狙うとかも有りだとは思う。
しかし、今回のライブはMCは基本的に無しと言われており、その手は使えない。
ならば、ちゃんと心こめて歌おうよ。
機械的に、ピッチが合ってますとか、リズムが合ってますとかそういうレベルの話じゃない。
お客さんに自分の良さをアピールできてますか?ってことだ。
もっと言えば、自分の良さをちゃんと理解して、それを武器として使ってますか?ってことだ。
この辺が曖昧だと、ステージの上で自分だけの世界が出来上がり、会場を置いてけぼりにしてしまう。 で、「今日はちゃんと歌えた!」とか、「今日はここを失敗した!」みたいな感想を持ってステージを降りてくる。
オイ?お客さんどこやった?
自分の出来も大切だが、もっと大切なのはお客さんの反応だ。
ちゃんとお客さんを気遣っていれば、自ずと客席に目が行くし、今日はどういう客層で、何人ぐらい自分のステージを見てて、楽しそうにしてるかとか、退屈そうにしてるかとか、観察したくなるんじゃないか?
そういう気持ちでステージやると、ステージ終わって降りた時の感想が違ってくるはずだ。
「今日はうまく歌えた!」じゃなくて「今日のお客さんは楽しそうだった!」とかに変わるはずだ。
 
総評としては、まぁマダマダだなって感じ。w
 
ただ、ピアノ弾き語りの子たちは、そこそこ良い感じだった。 おそらく、ピアノが弾けるってことは、幼少時から発表会やコンテストに出場しており、それなりに人前で演奏することの何かを掴んでいるのだろう。
 
全体に人前で歌う事に変に手慣れてて、まるで流れ作業のような感じでステージが進み、肝心な所が見えてない感もすごくする。
もう少し、自分たちのやりたいことや目指してることを考えて、今何をすべきかどうすることが大切なのかを今一度深く考えてほしいなぁ〜と思った1日でした。

音楽学校

今まで「ポップスを習う」事にかなり抵抗を感じていたが最近は感じなくなってきた。
15〜6年ほど前になるが、札幌にMI札幌校の立ち上げ準備が行なわれてた頃に、「MIでギターを教えないか?」と誘われたことがあるんだが、結局悩んだ末に断った。
 
理由は、当時サラリーマンをしていたので、GITの為に時間を割くのが困難だった事と、もう一つは「ロックなんか習うものじゃねーだろ?」って考えがあった。
 
実は更にその10年ほど前から、当時はアメリカのMIで世界的に生徒を募集していて、親しい友人のドラマーがそのカリキュラムに参加するべく、英語の勉強をしつつ渡航費を貯めていたのを見ていた。
 
「アメリカまで行ってドラムの勉強ってなんだそれ?」ってのが、正直な感想だった。
まだ「楽器演奏を習う」って習慣が根付いてないので、クラシックの音楽家ならともかく、ロックやポップスやるのに、誰に何を習うんだ?って思ってたんですよね。
 
その彼が約1年アメリカに滞在し、現地で生活しながらスクールに通い、ドラムを習得してきた。
多分実質半年くらいだったと思うが、その短期間で彼は大きく化けた。
もう地元じゃ誰も彼に追いつけないだろう事は明白なほどカレのドラマーとしての腕前は上がっていた。
 
「スゲーなアメリカMI!」と思った。
彼以外で身近な所でMI(L.A)に行った人は当時は殆ど居なくて、オレはMIに行くと皆彼の様になると思っていた。
しかし現実は違った。
オレの感覚では「こいつはダメだろ?」ってミュージシャンの方が多かったんだよな。
アメリカ帰りで著名なミュージシャンに師事したことで、若干天狗になってるような奴ばかり。
演奏させると使えない。w
でも理屈だけは立派で、ガンとして他の意見を聞き入れないし、何につけても上から目線。
こんな奴とは一緒に音なんか出せないなぁ〜と思ったことで、オレのスクール嫌いが始まった。
つまり、「(スクール卒は)頭でっかちに成るだけで、良いことがない。」と思ったわけだ。
なのでそれ以来スクールにはかなり否定的だった。
そんな事があった数年後、例の札幌MIの講師に誘われた訳だが、まぁ結局断った。
 
で、その後数年経過して、スクールは割りと当り前で、其の気に成れば誰でも通えるし便利でお手軽。もっと言えば、学生の進路選択肢の一部としても機能している。
ただし、就職率は微妙だがね。w
 
そこで、オレもそろそろ意識を変えていかなきゃならんと思い始めたのが10年前。
GITは断ってしまったので、他で講師でもやろうかと思ったが、自分は完全に我流なので、所謂システマチックな講義は出来ないので、まぁ自分流にのんびりやろうと思うようになった。
で、色んな生徒さんと出会うことで、このスクールって形式の真実が見えてきた。
 

オレが嫌っていたスクールは、先生や学校の問題じゃなく、そこに通う生徒の問題だったことに気がついた訳だ。

 
つまり、生徒のやる気の問題というか、意気込みの問題だってね。
オレが講師をやる場合は、「教えてもらおうとするな。盗み取れ。」と言ってる訳でね。
オレの技量がどの程度かは知らんが、その生徒はオレから何かを学びたいから他のスクールを選ばないで、オレの個人レッスンを選んだんだろう。
ならば、その生徒はオレから技術や思想を盗めばいい。
「教えてあげるからお金ください。」とは最初から言ってない。
逆に、そういう気持ちの生徒は1ヶ月で辞めていくが、オレは追いかけない。
そんな生徒を無理矢理つなぎ留めてまで、地元の音楽のクオリティーを下げたくないからだ。
盗むチャンスを与えるから、その時間オレを拘束するわけだから、対価をよこせと言ってるわけ。
中身はオレが充実させるんじゃなく、生徒が自分で充実させるように仕向けてる。
 
で、結果的に其のくらい貪欲じゃないとモノにならない。
だから頭でっかちに成ってる奴は、先生に甘えてて、自分じゃ何も追求してないに等しいと思うんだ。習ったことが全てで応用も何もないような画一化された人材というか…。
それでも、その条件下で優れた奴は出てくるわけで、そういう奴は多分、スタジオワークやバックバンド等では重宝されるだろう。
技巧的で、知識もあるが、個性がない。
出てくるフレーズは教科書のままだが、こんな「STAP細胞並に便利で使いやすい材料」は他にないだろう。
 
ただ、

本当にやる気のあるやつは、スクールに通おうが、個人レッスンを受けようが、我流で独学だろうが関係ない。

必ず、頭角を現すように成る。
自分の生徒の中から、そういう奴が出てくれば嬉しいが、現実は中々厳しいよね。w
そもそも、そういう奴はオレのレッスンには来ないだろうけどね。www
 
 

【recall15週年ワンマンライブ】

実は、いつ加入していつ辞めたのかよく覚えてない。w
其のくらい自然に通過した感じがする。
と言うか、加入前からバンマスの谷藤氏とは結構な親密度で付き合いもあり、辞めた後もヴォイスワークス札幌のお世話になっているので、別に険悪になって辞めたわけじゃない。
なので、本当にいつからいつまでがオレの在籍期間だったのか定かじゃないというか、よく覚えてない。w
まぁ、ブログとか漁れば出てくるんだろうけど、そこまでして確認するような話でもない。

大切なのは、recallが15年続いてるって話だ。

オレは概ね4年ほど在籍してたらしい。
谷藤氏のMCではそういうことになってる。
その間何をしてたのか…。
旧来のアコースティックな曲をエレキバンド用にロックアレンジしたり、新曲のアレンジしたり…結局在籍中にrecallの為には曲は書かなかった。
というよりも、書けなかった。
完全にロック畑のオレ…というか、バカのひとつ覚え的にロックしか知らないから、recallのような無国籍かつノージャンルなバンドで演奏する曲などどう書くべきか分からなかった。w
なので、旧来の曲も「○○風な感じにするよ!」って事で、イギリスの某モンスターバンドをこれでもかってほど意識したアレンジを施した。
まぁ「ロック」をより音楽的に分かりやすくするにはちょうどよかった。
ダブルネックギターも使ったしね。w
オレが加入する前、recallは「アコースティックロック」と名売ってた。
今だから言えるが、オレ的に「アコースティックがロック」ってのは違和感があった。
ロックってそもそもバンド形式であるはずだし、エレキギターが発明されてから出来たジャンルなので、アコースティックロックってのはその造語感からも違和感ありすぎた。
イギリスの某モンスターバンドは、アコースティックな曲も演るけど、それはケルト民謡やトラッドフォークの焼き直しだったりするわけで、いわゆる「ロック」とはちょっと違う路線になる。
 
で、仮にもロックバンドだって言うなら、普通にロックしましょうよって思ったんだよね。
しかし、いざエレキ楽器に置き換えるとこれまた色々と問題が出た。w
オレも含め皆さん日本人でして、グルーヴがロックにならない。www
バックビートがちゃんと取れないんだよね。
ともすると、モタるか、ただ遅いだけになる。
これを克服するのは本当に至難の業だった。
オレは物心ついた頃から洋楽にどっぷり浸かっていたのでまだなんとかなったが、他のメンバーはそこまでロックに浸かってないから、和洋折衷と言うか何というか、いまいちロックのグルーヴが出ないんだよね。
どこか歌謡曲の体を残したまま進行する。
 
多分ね「歌」だと思うんだよね、原因は。
皆、歌を重視しすぎる。
だから、全体のサウンドがお座成りになってしまう。
 
ロックって確かに歌詞と言うか歌も重要だが、それ以上にリフやビートが重要だと思うんだよね。
だから、歌がない部分でのリフやビートがちゃんとしてないとロックに聞こえない。
でも、日本のロックの殆どが「歌」を作ってしまっていて、「曲」を作ってない。
歌にコードを載せてなんとなくジャラジャラ弾き語って、それで一応完成みたいな人が多すぎる。
recallも当初はそうだった。
だから、オレにはロックに聞こえなかったんだよね。
なので「演奏を聞かせる」部分を数多く取り入れた。
イントロ、間奏、エンディング…これらは歌う人にはどうでもいい部分かもしれないが、ロックバンドはここが大切と言うほど重要な要素だ。
イントロ聞いただけで「あの名曲だ!」ってわかる曲あるでしょ?
ディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウオーターとか、イーグルスのホテル・カリフォルニアとかね、イントロ1フレーズで「あーーー!」ってなる。
そこに個性を盛り込む。
日本のロックバンドでこの域に達してるバンドって殆ど無い。
だから、殆どのバンドがロックに聞こえない。
 
そこでオレは強烈なイントロや、唐突な間奏をふんだんに取り入れたんだが、曲の余りの変貌ぶりにみなさん躊躇したようで、本当に慣れてもらうと言うか、形にするのに半年以上かかった。
でもなんとか形にしてアルバムを制作したんだけどさ。
出来たアルバムはエスニックな感じも取り入れてて、某モンスターバンドっぽさが増してしまってかなり笑ったけど、あれは狙ったからって誰にでもできるアレンジじゃないと自負している。
 
自分が手がけた曲はほぼイメージ通り仕上がってるし、まぁ文句はない。
原曲が良いせいもあるが、十分ロックのテイストで聞いてもらえると思う。
谷藤氏の歌はどちらかと言えばパワーボーカルで、存分にシャウトしてもらえるようにかなり派手でスピード感あるアレンジをしたり、逆にゆっくり歌うことで怪しさや哀愁なんかも出せるようなアレンジもした。
 
今のrecallは誰がマスターアレンジャーなのか知らないが、オレがいた頃より歌のウェートが重くなったような気がする。
それに今日見たrecallはオレが在籍した当時から見ると随分とお洒落になった。
サックスが入り、谷藤氏は立ちボーカルから、キーボードを本格的に弾く事でアレンジの幅を広げてゴージャス感が増していた。
まぁ、一言で言えばJロックとでも言うか、recallなりの歌謡重視のスタイルを確立しつつあるんだろう。
ステージも「谷藤勝彦と仲間たち」的な佇まいになってて、メンバー全員が同列で個性をぶつけ合ってる感じはしない。
むしろ、谷藤氏の歌をどうコンプリートさせるかを他のメンバーが全員で考えてるような感じを受ける。
 
だから、逆にオレがいた頃は、recallはロックの勉強をしてたんじゃないかと。。。
今はその勉強が終わって、recallなりに噛み砕いた結果を演奏して居るようにも見える。
それが証拠にオレが加わった演奏は、其の前後のrecallとは異質な空間が広がったと思う。
まぁ、ステージでの個性のぶつかり合いとでも言うか、その個性をぶつける感覚が既にロックなんだけど、今のrecallはそこまではしない。
だから、オレが加わると結果ぶち壊すんだろうなと…。w
 
結論から言うと、オレはやっぱ辞めて正解だった。
オレがいたら、今のrecallは無いだろうし、ただ小煩いロックバンドでしか無かったろう。
オレが辞めた直後は、オレの付けた方向性を踏襲するスタイルだったけど、いつの間にか路線が変わってて結局今の方がよりrecallらしい。
多分お客さんが求めてるrecallの音はこれなんだろうなって思う。
オレが出してた音はお客さんが求めた音じゃないし、バンドが求めた音でもない。
やっぱ、学習期間とでも言うかそれまでのrecallに足りない要素を植え付けてる期間だったなと思うわけだ。
実験的なことも多々やったしね。
 
ま、20週年に向けて頑張ってほしいなと。
オレはオレで、Phantom of sorrow 結成10週年に向けて頑張りますんで。w

※ちなみに今7年目です。w

セッションに付いて思うこと。

随分昔から思っている事がある。
よく、巷で「セッションしよう!」って言葉を聞くが、この「セッション」って言葉の明確な定義はどういうことだろうって疑問があった。
その疑問はそのまま解消されずに、場面によって微妙に意味を変えながら今も使っている。
概ね、「ミュージシャンが複数あつまって、その場限りの演奏をする。」って事で大意は掴んでると思うが、どうにも曖昧で使いづらい。
この使いづらさが「セッション」のグダグダを誘発してるんじゃないかと…。
札幌でオレが経験した「(ジャム)セッション」は殆どが「スタンダードや集まったメンバーが共通して知っている既存の曲を合わせて演奏する。」と言う形態で行われており、多人数で入れ替わり立ち代りになると、同じ曲を延々と演奏する(つまり聞かされる)事になる。
もしくは、予め出演者を決めておいて、出し物(セッション曲)も決めておいて、皆が一定期間練習してきてから、ステージで合わせるという形態。
これは「セッション」といえるのだろうか?そこで、「セッション」の元々の意味を調べてみた。
「複数の人間で行う活動」だそうだ。
つまり、演奏に特化されていない。
ならば、人が集まってれば何でもいいわけだ。
でもそんなのはオレは詰まらないので、その「セッション」に参加することは今後なくなるだろう。
で、ここで提案なのだが、「既存曲を演奏しないセッション」てのはどうだろうか?ある程度の演奏力がないとスタンダードとかは演奏できない。
しかし、既存曲を演奏しないなら、音が出せればだれでも参加できる。
まぁ、そのだれでも(つまり素人でも)参加して出した音を音楽と呼ぶかどうかはともかく、楽しいんじゃないかなと?昔やってた「ブルースジャム」ってのはそれに近い。
決まってるのはコード進行だけ。
いわゆる3コード12小節ってやつ。
後はリズムもテンポもグルーヴもその場任せ。
で、先日下北沢のとあるライブバーでのフリージャムに参加してきた。
そこは正に、その既存曲を演奏しないって縛りがある。
後は何を弾いてもOKだ。
ただし、演奏として成立させねばならない。
これがかなり面白い。
札幌では経験したことないグルーヴだ。
ファンクなノリが多かったが、別にブルースでもロックでもジャズでも、「ジャンル」って概念自体が無意味に感じる。
どちらかと言えば、原住民が奏でる魂の叫びに近い。
ギターリフもその場で作ったリフだし、コード進行も1コードゴリ押しから、循環コード、パターン進行などその場のミュージシャンの力量に応じて臨機応変。
だから、メンバーが入れ替わっても同じ曲にはならない。
見てる方も、次はどうなるのか?と興味津々。
初心者でも関係ない、なにか音が出せればそれでいい。
さすがに雑音ギターとかは勘弁だけど、太鼓位ならだれでも叩けるだろう?wみんなステージの演奏に夢中で、ステージに合わせて、手元にあるテーブルや椅子でリズムとってる人が殆どで、会場全体が大きなグルーヴを作り上げてる。
だから札幌のセッションみたいに、ステージに居ない人がボックス席で談笑してるなんて事はない。
この状況をね、札幌で再現できないかと思案中なんですよ。
楽しいジャム・セッション。
既存の曲を覚えなきゃダメとか、スタンダード知らなきゃダメとか、正直つまらんし、ハードル高すぎ。
手っ取り早く言えば「誰か、あそぼうよ~♪」って感じなんですよね。
だから、このノート読んで賛同してくれるメンバー募集します。
場所は札幌市内。
よろしく!

営業行ってまいりました。w

営業ってなんのこっちゃ?と思うかもしれませんが、オレの所属するヴォイスワークス札幌の大通校でもある、ヴィヴィッドヴォイスプランニング、通称「VIVO」のオーナーである「トクナリさん」と、数人のアーティストと共に、東京・横浜での営業を行ってきました。
 
オレはトクナリさんと二人で、エレキ漫談?wとでも言うか、ちょっとおふざけなステージをやってまいりました。
おふざけとはいえ、お客さんに見せるわけですから、中身はキッチリ詰め込みたいと思っており、数週間前から仕込みを開始して、ステージはキッチリ演らせていただきました。
 
初日は、下北沢CIRCUS と言うライブ喫茶?ライブハウス?的な所でして、オレの感覚のライブハウスとはちょっと違う、喫茶店の一角をステージにしてライブをやると言う、札幌で言えば、カフェライブ的な空間でした。
機材はPA(最近はSRって言うらしいね。オレ的には今更なんだけど、SRの話はまた後日。w)と、アップライトのピアノのみ。
 
エレキギターのための設備はなし。w
なので、アンプまで担いでの遠征となりました。
まぁ、同行者が多いので荷物は手分けしてもらったんで良いんですが、実際に会場で音を出すとなると、やっぱVOXのソリッドの15Wだと限界ありますな。w
ダメじゃないんだけど、弾いてる方はつまらない。
日頃、大型アンプの奥深さを体験している身としては、15Wトランジスタであの広さは厳しいなと。w
やっぱスピーカー変えようかなとか色々思うわけです。
まぁ、でもお客さんにはウケたんでよしとしました。
で、翌日は横浜。
J.Bacchusと言うライブバーで、ここもバーの一角にステージがある感じ。
けど、下北沢よりは大掛かりな感じで、ドラムセットまで常設されてました。

ギターアンプはRolandのJC-120。

定番ですな。
マルチを持って行ってたので、JC-120はラッキーでした。
殆ど調性も要らず、ケーブル挿して直ぐに演奏できると言う。w
やっぱ、使い慣れてるアンプは良いですな。
しかも、良くあるヨレヨレのアンプじゃなくて、ちゃんと整備されててシャッキリしてた。

で、ステージ開始で、こちらでもお客案には大ウケしまして、特に目の前の子供が転げまわって喜んでるのを見るとやってるこっちも嬉しくなります。w

で、本題はここから。w

楽しいステージが終わって、一息つくとJ.Bacchusのオーナーさんが近寄ってきて、

「ギターめっちゃ上手いですね。プロの方ですか…いや、プロの方ですよね?」

と聞いてきました。w
「えぇ。まぁ‥」と答えながら、色んなバンドやギタリストの音を聞いてきているはずの、ライブハウスのオーナーに「上手い!」と褒められたらこりゃ嬉しい話なわけです。
それがお世辞でもね。w
少なくとも、J.Bacchusの過去の出演者の中でも上位に位置づけたんで褒められたんでしょう。
こういう経験はそう何度もできるもんじゃないですよね。
で、その後そのお店の常連さんらしき人とセッションすることに成ったんですよ。

オレが当日持っていったのは、Ibanez RG-350GX と、ZOOM G3。
アンプはお店のJC-120。
このセットで音出してたんですよね。

対して、お客さんは、これ又IbanezのRG-770 CP-Pと言う、ペイズリー柄の珍しい奴。

ピックアップもIBZだし、結構高いギターだったはず。
それにBOSSコンで定番?の組み合わせ。
CS-2、OD-2、GE-7、CE-3、DD-6 にワウって感じ。
アンプはFenderのツイードの60W程度のもの。機種名は分からないが、ツイードのアンプがいい音しないはずがない。
しかし正直ガチャガチャで聞けたもんじゃなかったが、本人はいい感じで演奏してると思ってオレは見てた。

ひとしきり演奏した後に、

「そのギターめっちゃいい音してますね。高いんですよね?」
と聞いてきた。

オレは、ネットで買えば新品でも4万そこそこのこのギター、しかもソリッドスタジオのSYUから奪い取ったとはいえずに、「いや、39800円くらいですよ。」と答えた。
まぁ、当然セッションの彼は驚いてたわけだが、それは当たり前である。
ことしの初めから大騒ぎしてる「SETUP MEETING」でえたノウハウを全部つぎ込んである。w
ピックアップも標準のものから、よりラディカルなDiMarzioのトーンゾーンに交換。
配線もMr.Kから購入したよりストレスの少ないものへ交換してあるし、キャップ(コンデンサー)も、オレンジドロップに入れ替え、RGの高級機にあるような、ハイパスフィルターも装備している。ネックも、可能な限りまっすぐに調整し、フレットもスリあわせて合わせてあるから、12Fでの弦高も、3/64インチまで下げてあるし、オクターブピッチも本番直前に全部合わせてある。w
これで、いい音しなきゃオレは相当なヘボギタリストって事になってしまう。www
で、そんなギターとは知らずに色々と探りを入れてくる彼は、「オレのギターはそんなきれいな音がしないんだよ…」としょぼくれる。
まぁ、オレの通称「イケメンRG(w)」程でもなくても、彼のギターなら十分いい音がするはずだ。
とりあえず彼のセッティングを見た。

酷い…。w

CS-2はOFFに成ってたが、ソレ以外は全部ON。
ギターはボリューム10のトーン10。
去年のオレだ。www

いい音なわけがない。
他のお客さんがこのひどい音であからさまに迷惑そうな顔してるんで、仕方が無いから音を作って上げた。

  • まず、エフェクトは全部OFF。
  • グライコは要らないので外す。
  • アンプでクリーントーンを作りこむ。
  • ギターがRGなので若干CRUNCHでもOK。
  • で、CHORUSとDELAYは適度に掛けて、アンプのReverbで調整する。
  • ギターの方は、トーンを5に合わせる。
  • ピックアップセレクターはNeckへ。
  • ボリュームを5位まで上げ、音を確認する。
  • 高音が足りない感じなので、アンプのTREBLEを少し上げて、BASSを少し下げる。
  • いい感じに成ったので、ぎたーのボリュームを上げて、CRUNCH具合を確認。

調度良い感じならそれでとりあえずOK。
この状態でチャランチャラン弾いてみせると、「ぉお!きれいな音だ!このギターでも出るんですか!!!???」と大はしゃぎ。w
まぁ、クリーンを作っただけなんで、まぁこんなもんでしょう。
しかし彼は「これでギタソロでガリっと行きたいときはどうするの?」と言う問い。
OD-2とCS-2でソロ用の音を作る。
さらに、CS-2のオンオフで音量を制御できるようにしてやる。
これで、

  1. OD-2 OFF、CS-2 OFF で、クリーン系のバッキング。
  2. 同じ状態で、ギターのボリュームを上げてクランチ系のバッキング。
  3. OD-2 ON、CS-2 OFFで、ディストーション系のバッキング。
  4. OD-2 ON、CS-2 ONで、ディストーション系のリードオブリガート。
  5. この状態でギターのボリュームを上げて、ディストーション系のリードソロ。

と計5種類の音を作ってあげた。
もちろん、ギターのトーンやボリュームの操作で無限にバリエーションは出せる。
あとは本人のセンス次第だ。

操作の仕方を教えて彼に弾いてもらう。
もう、ディストーションのガチャガチャの音はしない。
綺麗に伸びるスムーズな音に成った。
彼も喜んで弾いているし、他のお客さんも少し安心したようだ。w

「すっげーすっげー、ホンマや!すっげー、先生!先生と呼ばせて下さい。」と大感激みたいだ。

オレ的には、セットアップミーティングでMr.Kに教えられた事をやっただけだし、既に自分の周りではこれで「標準」に成ってるので、こんなに感激されるとは思ってなかった。
箱のオーナーが終演後、駆け寄ってきて褒めちぎるのも、セッションのお客さんが感激するのも、すべてセットアップミーティングのおかげだ。

ついでに言うと、お店のアルバイトの店員も普段は自分でバンドをやってるらしく、どうしたらそんな音が出るのかアドバイスして欲しいって言われた。w
アルバイトの彼も普段JC-120を使うことが多いそうで、ぜひレクチャーして欲しいと。
時間もなかったので、ザックリなところだけ教えてあとは自分で研究しなさいってことで置いて来たが、横浜でもこんな感じなのかと…。

日本のレベルってやっぱ低いんだなって事を実感した。

セットアップミーティング最強ですわ。
天下無敵も伊達じゃないんですわ。www

オレが影響を受けた100曲リスト(その1)

今まで色んな曲を聞いていろんな事を思ったけど、どんな曲があったかをざっくりと思い出してみた。
洋の東西を問わず、ノンジャンルでリストアップしたけど、ハードロックやヘヴィーメタル系は出来るだけ避けた。w
つか、それ入れると膨大な数になるんで、1000曲くらいにしないと収まらないからさ。www
できるだけ年代順に揃えたが、オレが聞いた順でもあるので、中には時代が前後してるのもある。
1980年以前はオレも記憶が曖昧になってきてるので、まぁ、概ねってことで…。

1)1966年薔薇が咲いた(マイク真木)
https://www.youtube.com/watch?v=hNHlyGgcpdM
音楽が楽しいと思わせてくれた最初の1曲オレは産まれたばかりで、やっと1歳半だったが、家にあったウクレレを抱えて一生懸命歌ってたと母親に聞かされた。
其の頃の記憶なんか無いが、確かに今でも歌詞は覚えてるわ。w

2)1972年IGotcha(JoeTex)
https://www.youtube.com/watch?v=cXoaupox2IA
初めて洋楽を知った切っ掛け。
母の妹がくれたEPレコードの中に混じってた1曲。
これは強烈だった。
当時洋楽と言えば、ロックではなくソウル・ミュージックを指す時代だったので、これはどっちかといえばスタンダードだったと思う。
とくにモータウン系はテンプテーションズみたいな有名グループも居て、ソウル=モータウンって感じでも有った。

3)1964年MyGirl(TheTemptations)
https://youtu.be/C_CSjcm-z1w

4)1966年AintTooProudToBeg(TheTemptations)https://www.youtube.com/watch?v=RfyFI-4ZsaE

5)1969年GimmeShelter(TheRollingStones)
https://www.youtube.com/watch?v=R3rnxQBizoU
時代が前後するが、テンプテーションズは、70年ころにそのベスト盤の8Trカセットを発見し(家にあった)ので、よく聞いてた。
そのせいで、小学校に入る前には、既に完全に洋楽ファンになってた。w

6)1965年Yesteday(TheBeatles)
https://youtu.be/Ho2e0zvGEWE
ビートルズの名曲。
当時は叔母さんのレコードなどから聞こえてくるの音しか知らなかった。
そんななかで、ビートルズとローリング・ストーンズは比較的よく聞こえてくる方だった。
好き嫌いで言えば、どっちでもない感じで、オレはモータウンのコーラスグループ(テンプテーションズ等)の方に興味があった。w

7)1965年PoupeeDeCire,PoupeeDeSon(FranceGall)https://www.youtube.com/watch?v=s5aeeSmkPwQ
多分、オレが今やってるバンド「Phantomofsorrow」の楽曲に最も影響を与えてるかもしれない曲。
この60年代の哀愁感は絶対的だと思う。

8)1964年TheHouseoftheRisingSun(Animals)
https://youtu.be/0sB3Fjw3Uvc
元はトラッドフォークの作者不詳のスタンダード。
この曲をカバーしてるバンドやアーティストは多いけど、日本じゃアニマルズなんじゃないかな?
オレも、これでこの曲知ったしね。

9)1965年Don’tletmebeMisunderstood(Animals)https://www.youtube.com/watch?v=mfwN0X8YnWo
で、アニマルズといえばコレかな?日本では尾藤イサオの「悲しき願い」として有名だろうと思う。
「だ〜れのせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのさ〜」ってフレーズが有名。w
でも、本家はアニマルズなのよ。

10)1964年TheSoundofSilence(Simon&Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=4zLfCnGVeL4
サイモン&ガーファンクルの名曲。
知らない奴は居ないだろ?w

11)1966年ScarboroughFair(Simon&Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=BYQaD2CAi9A
これも、サイモン&ガーファンクルの名曲。

12)1970年ElCondorPasa(Simon&Garfunkel)
https://www.youtube.com/watch?v=pey29CLID3I
時代が前後しちゃうけど、サイモン&ガーファンクルと言えば、これもだよな。w

13)1966年MyGeneration(TheWho)
https://www.youtube.com/watch?v=594WLzzb3JI
演奏後に楽器をぶち壊すパフォーマンスはWhoが最初だったと思う。
司会者の呆れ顔がおかしい。w

14)1963年BEMYBABY(TheRonettes)
https://www.youtube.com/watch?v=jrVbawRPO7I
今、BEMYBABYといえば、コンプレックスの方を指すんだろうけど、本当はコレなんだよ。w
オレが生まれる前だが、ヒットしてたので1970年頃まではそこら中で掛かってた。
このプロデューサーだったフィル・スペクターは最近第2級殺人で服役したらしい。w

15)1964年Oh,PrettyWoman(RoyOrbison)
https://www.youtube.com/watch?v=8x2tG4X0cdc
VANHALLENとかもカバーしてるので、一応ロック!?wコレがオリジナル。

16)1964年YouReallyGotMe(TheKinks)
https://www.youtube.com/watch?v=-2GmzyeeXnQ
VANHALLENといえば、コレもだな。
オリジナルはキンクス。
https://www.youtube.com/watch?v=Bg1UG0GwIKcこの当て振り口パク動画と比べると面白いかも。w

17)1965年ワンサカ娘(SylvieVartan)
https://youtu.be/EvqFvUeDYno
レナウンのCMソングなのだが、当時はフランスが流行っており、FranceGallといい、MichelPolnareffといいヒットした中にフランス人が多い。
この曲も何故かシルヴィーヴァルタンが歌ってる。w
でも、この60年代の空気感はものすごい好きだ。

18)1965年Stop!InTheNameOfLove(DianaRoss&TheSupremes)https://www.youtube.com/watch?v=UGJQPkfwlAc
これもヒットした。
シュープリームスの名曲。

19)1966年LandOf1000Dances(WalkerBrothers)https://www.youtube.com/watch?v=pMkQ94tIcgM
日本では「ダンス天国」として有名。
ウォーカー・ブラザーズのこの曲は、70〜80年代の日本のロックにかなり影響してると思う。
hiphipshakeって言葉もここから来てるしな…。w

20)1967年L’amourestbleu(VickyLeandros)
https://www.youtube.com/watch?v=JV-sQOdIBAc
これも有名で、やっぱりオレの作曲に影響してると思う。
どうもフランス好きみたいだな、オレ。w
68年に日本語バージョンも歌ってたらしいが、オレは知らない。w
日本語バージョンは、森山良子「恋はみずいろ」としか知らないなぁ…。

21)1967年DaydreamBeliever(Monkees)
https://youtu.be/9_SMJ-Uwmkg
忌野清志郎がカバーしてて知ってる人も多いと思う。
オリジナルはモンキーズのコレ。

22)1967年LightMyFire(TheDoors)
https://www.youtube.com/watch?v=deB_u-to-IE
もうロックとか言うジャンルを乗り越えて、時代を象徴してたような曲ですな。
ロックファンじゃなくても知ってる曲としては当時コレがナンバー1だったと思う。
テレビとかでフツーに流れてたもの。
オレもこのオルガンの音がカッコイイと思ってテレビから流れる度に聞き入ってた記憶がある。
で、これもやっぱ60年代の時代の混沌さを表してると思う。

23)1967年AWhiterShadeofPale(ProcolHarum)https://www.youtube.com/watch?v=Mb3iPP-tHdA
オレの中では、DoorsのLightMyFireとセットで覚えてる、60年代の代表曲の一つ。
「空きっ腹に団子」のソラミミで有名かも。w

24)1967年PurpleHaze(JimiHendrix)
https://www.youtube.com/watch?v=fjwWjx7Cw8I
出ました!ジミヘン!これはテレビでも結構流れたので、知ってる人は多いと思う。
オレも初めて聞いたのは、確かテレビだった。
でも、意識して聞くようなるまでにはもう10年位掛かるんだが、初めて聞いたのは68年頃だったような…。
リンクはウッドストックじゃなくて、あえてコレで。w

25)1967年YouKeepMeHangingOn(VanillaFudge)https://www.youtube.com/watch?v=YFabNBveHOk
時代を象徴といえば、これもそうですな。
グラム・ロックとか、サイケデリック・ロックとか言われてた時代のロックは、ジミヘンよりも、むしろこっちだったような気がする。

26)1968年HEYJUDE(TheBeatles)
https://youtu.be/GXhJxLWemxE
ビートルズですが、他にも毎年数曲のヒットが出てたはずなんですが、何故かオレにはピンと来なかったらしく他の曲の記憶が殆ど無い。

27)1968年Jumpin’JackFlash(TheRollingStones)https://www.youtube.com/watch?v=eQSGw0hMd_I
当時、テレビで流れてくるローリング・ストーンズはコレが定番だった。
曲名を知るのはもっとずっと後の話だが、「ゲスゲスゲ〜ス♬」だけは印象に残ってた。w

28)1969年BornToBeWild(Steppenwolf)
https://www.youtube.com/watch?v=rMbATaj7Il8
ロックらしいロックはコレが初めてかも。
丁度、ベトナム戦争時代の真っ只中だったので、オレの記憶にも割りと強烈に残ってる。

29)Venus(TheShockingBlue)
https://www.youtube.com/watch?v=auoArgmzqN4
飲み屋のバンドでは定番の曲だが、オレが聞いたのはこの頃。
やはりテレビで流れてたのが印象的だった。
薄暗い曲が多い60年代の曲だが、なんか新しい時代を感じさせる曲だったので、あまり暗い印象がない。

30)1969年Tout,toutpourmachérie(MichelPolnareff)https://www.youtube.com/watch?v=GL7gxqk0fkU
「シェリーに口づけ」と言った方が、通りがいいのだろう。
これも、PoupeeDeCire,PoupeeDeSonに並び、オレの楽曲作成に大きな影響を与えてる。
つまり、オレはフランステイストが好きなのかな?w
71年作品だと思ってたが、改めて調べてみると69年だった。
まだ洋楽が日本に入ってくるのには1〜2年掛かる時代だったからか、オレの記憶が曖昧になってるか…。w

31)1969年LesChampsÉlysées(Joedassin)
https://www.youtube.com/watch?v=M4C6cqo4EjY
所謂「オー・シャンゼリゼ」です。
やっぱフランスモノだなコレも。w

32)1970年Layla(DerekandtheDominos)
https://www.youtube.com/watch?v=sw01019P19g
当時はデレク・アンド・ドミノスとして発表されたレイラ。
クラプトンの代表曲に成ってるけど。
AR(アダルトロック)の元祖って感じの曲。
ラジオで流れた時はカッコイイ!って思ったけど、当時はまだモータウンに興味があった。w

33)1970年Irresistiblement(SylvieVartan)
https://www.youtube.com/watch?v=EN9YJQQHQPQ
ワンサカ娘で有名になったシルヴィー・ヴァルタンのヒット曲。
やっぱり、フランス語。w

34)1970年Closetoyou(TheCarpenters)
https://www.youtube.com/watch?v=87XQKCXfFjQ

35)1971年RainyDaysAndMondays(TheCarpenters)https://www.youtube.com/watch?v=PjFoQxjgbrs

36)1972年Topoftheworld(TheCarpenters)
https://www.youtube.com/watch?v=Q8AM356TXZ4

37)1973年YesterdayOnceMore(TheCarpenters)https://www.youtube.com/watch?v=IgdNg20hJ7I
この辺のカーペンターズは洋楽好きなら絶対に聞いてるはずだし、聞いてないとしたらもうそいつは洋楽ファンとして信用出来ない位のスタンダード曲ですよ。w

38)1970年Paranoid(BlackSabbath)
https://youtu.be/hkXHsK4AQPs

39)1970年IronMan(BlackSabbath)
https://youtu.be/5s7_WbiR79E
ブラック・サバスの初期の定番。
叔母さんに連れられて行った薄暗い、煙だらけで爆音で音楽が掛かってる喫茶店の中で聞かされた。
怖い魔物に連れ去られるような感覚になって小学生だったオレはビビりまくってた。w

40)1970年MoveOver(JanisJoplin)
https://www.youtube.com/watch?v=M0E6TMHy_RA
これも喫茶店で掛かってた定番だった。

41)1970年Raindropskeepfallingonmyhead(B.J.Thomas)https://www.youtube.com/watch?v=ZIqxnYZZNB8
日本ではhttps://www.youtube.com/watch?v=TSu9LOEM9T0こっちの方が有名だろう。

42)1970年GetUp(IFeelLikeBeingLikeA)SexMachine(JamesBrown)https://www.youtube.com/watch?v=8mjQ1i5V7qA
特に書くこと無いくらいゲロッパ。

43)1970年SummertimeBlues(TheWho)
https://www.youtube.com/watch?v=yQpiv2vNmV8
元々はエディー・コクランの58年のヒット曲。
でも1958年はオレ生まれてないので、こっちしか知らない。w

44)1971年GetItOn(T-Rex)
https://www.youtube.com/watch?v=bOjCjXfG9yg
ゲリロンです。
小学生の頃にコレもテレビで掛かった。
なんかアメリカの生活紹介みたいな番組だった。

45)1972年学生街の喫茶店(ガロ)
https://www.youtube.com/watch?v=yY3GRzzTYU0

46)1973年心の旅(チューリップ)
https://youtu.be/6StqrLBOzes

47)1973年てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)
https://www.youtube.com/watch?v=Py-TgwxQ9EE

48)1974年岬めぐり(山本コータロー&ウィークエンド)
https://youtu.be/pTLj-b_ggX4

49)1975年我が良き友よ(かまやつひろし)
https://youtu.be/XExjTr9HYkI
この辺の一連のジャパニーズフォークソングは、当時はテレビやラジオで頻繁に流れる所謂歌謡曲だった。
なので意識ぜずとも日常の中で流れていた。
でもオレは洋楽に飢えてたので、一生懸命洋楽探しをしててこの辺をちゃんと聞き返すのはもう少しオトナになってからだった。w

50)1971年MelodyFair(BeeGees)
https://youtu.be/Wj7lIQH4h0c
ウチに、なんか映画サントラ集みたいなLPレコードが合って、其の中に入ってた。
小さな恋のメロディーのサントラに入ってた曲。

51)1971年TakeItEasy(TheEagles)
https://youtu.be/LfeNhwnO8hw
軽快なアメリカらしい曲。
広大な土地を彷彿とさせるカントリーチューン。
初めて聞いたのはラジオだったと思う。
曲名が不明なまま数年過ごし、1980年のライブアルバムを買うまで曲名が解らなかった。w
やっぱイーグルス好きだなぁ〜と思う1曲。

52)1971年BeautifulSunday(DanielBoone)
https://www.youtube.com/watch?v=trV28xINNpU
田中星児が「さわやっかな日曜〜」とか歌ってるのを聞いた時は、あまりに残念で倒れるかと思った。w

53)1971年MetalGuru(T-Rex)
https://youtu.be/EpA-7dNuobU
これもテレビだった。
当時は殆ど曲名が解らなくて、後にベスト盤などを買うことで判明していった。w
これも、中学に入ってからベスト盤を手に入れて曲名を知ることに成る。

54)1973年SING(TheCarpenters)
https://www.youtube.com/watch?v=iYjcNR7W-Ow
カーペンターズの名曲。
沢山ありすぎて思い出すのが大変だ。w

55)1973年Desperado(TheEagles)
https://youtu.be/o6C7YXdIstg
イーグルスの名曲。
これも後にベスト盤買って曲名を知る。

56)1973年PianoMan(BillyJoel)
https://youtu.be/gxEPV4kolz0
これがビリー・ジョエルだと知るにはこの後5年位かかるが、ラジオから流れた時はいい曲だと思った。

57)1973年Longtrainrunning(DoobieBrothers)https://www.youtube.com/watch?v=tnD0eVdHJfI
定番のドゥービー・ブラザーズ。
今更説明の必要なし。
当時から大ヒットで洋楽系ラジオでコレ掛けない番組はなかった。

58)1974年SKYHIGH(Jigsaw)
https://www.youtube.com/watch?v=mudlXF3MA8Q
このイントロのバックで、「あちゃー!」とか言えば「燃えよドラゴン」でも使えそうなイメージのイントロで、ガキの頃オレの友達の間で流行った。w

59)1974年TheLoco-Motion(GrandFunkRailroad)https://www.youtube.com/watch?v=jxyU4W8iyeI
グランド・ファンクの曲は、アメリカン・バンドよりもこっちの方が有名だろう。
テレビでも頻繁に流れてた。

60)1974年Jambalaya(TheCarpenters)
https://www.youtube.com/watch?v=-4o86juvMEE

61)1974年PleaseMrPostman(TheCarpenters)https://www.youtube.com/watch?v=AHfddvbKb4w
またもカーペンターズ。
70年代歌謡のヒットメーカーだったので沢山出てくる。

62)1975年Can’tGiveYouAnything(TheStylistics)https://www.youtube.com/watch?v=nlQ8te4BOhY
スタイリスティックスと言えばコレってくらいだよね?オレは小学校高学年で、丁度ディスコブーム真っ最中。
スタイリスティックスは全盛期だったんじゃないかな?

63)1975年SaturdayNight(Baycityrollers)
https://youtu.be/7BKKaKT_dtM
当時、日本の女の子たちが皆夢中になってたイギリスのアイドルグループのヒット曲。
ジャンルは洋楽ロックになってるが、今で言えばイギリス版ジャニーズ。w

64)1975年StandByMe(JohnLennon)
https://www.youtube.com/watch?v=O4_ghOG9JQM
ベン・E・キングよりも、こっちの方が日本では有名。w

65)1975年AnOldFashionedLoveSong(ThreeDogNight)https://youtu.be/hkdNvCVGFYg
もう懐かしくて涙出るよこれ。

66)1975年BohemianRhapsody(Queen)
https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ
ロックを意識して聞くように成って、ラジオから流れたこの曲がどうにもロックに聞こえなくて難儀した想い出がある。w

67)1975年Sailing(RodStewart)
https://www.youtube.com/watch?v=FOt3oQ_k008
この当時は完全に引きこもりでラジオばかり聞いてた記憶がある。w
洋楽ばかりを必至に聞いて覚えようとしてた。

68)1976年DancingQueen(ABBA)
https://www.youtube.com/watch?v=xFrGuyw1V8s
ロックやソウルではなく洋楽の歌謡曲としてヒットしてた。

69)1976年HotelCalifornia(Eagles)
https://youtu.be/EqPtz5qN7HM
今更説明の必要もない、70年代のアメリカンロックを代表する名曲。
歌詞が暗喩の連続で、色んな解釈を産んだ曲。
オレは歌詞の意味など気にせず(だって解らないものw)そのアメリカンロックらしからぬ哀愁ただようメロディーが好きだった。

70)1976年DreamOn(Aerosmith)
https://www.youtube.com/watch?v=hHRNSeuvzlM
当時ロックはイギリス、アメリカはカントリーとソウルミュージックみたいな時代に、アメリカのロックはコレだ!みたいな感じの売り方だった。
アメリカ版ローリング・ストーンズみたいな位置づけだった。

71)1976年Europa(CarlosSantana)
https://youtu.be/Ot6pSrKT1oc
ギターの神様みたいに言われるが当時はただのオッサンだとおもってた。
インストの曲で初めて心に残った曲かも知れない。

72)1976年Jolene(OliviaNewton-John)
https://www.youtube.com/watch?v=hU-Et_ei2a0
元は大御所ドリー・パートンの曲のカバー。
日本ではシングルカットされたので有名だが、本国アメリカや他の国ではドリー・パートンの曲として認知されてるはず。
当時のオリビアはカントリー歌手として売ってたので、カントリーのナンバーが多いのだが、今で言うアイドル歌手なので、本格的なカントリーソングではなく、キャッチーなカントリー風フォークとかロックなのが多い。

73)1976年TakeMeHome,CountryRoads(OliviaNewton-John)https://www.youtube.com/watch?v=uHOTmMpux9E
元々はジョンデンバーのヒット曲だが、オリビアがカバーしてる方が日本では有名でしょう。
オレも例に漏れず、このバージョンでこの曲を知りましたよ。w
アコースティックギターのスリーフィンガーって奏法を知ったのもこの曲でしたな。
で、アコースティックギターが面白そうだと思って、指で弾くことを始めた切っ掛けでもある。

74)1976年LoveIsBlind(JANISIAN)
https://www.youtube.com/watch?v=naGt-FFL7Ww
この当時は、洋楽ベスト10的な番組がラジオなどで組まれるようになり、以前よりも比較的洋楽に触れることが容易になった時代だった。
洋楽に飢えてたオレはテレビよりも、ラジオで洋楽を漁ってる時間の方が長かったなぁ〜と思う。
なので、この頃の洋楽ソースは殆どがラジオだった。

75)1976年HardLuckWoman(KISS)
https://www.youtube.com/watch?v=ZaKwIfqbKhM
ラジオから流れてきた中で、この曲はとても印象的だった。
後にコレがKISSの曲だと知った時のショックも含めて、強烈な印象だったよね。w

76)1977年WEWILLROCKYOU(Queen)
https://www.youtube.com/watch?v=-tJYN-eG1zk

77)1977年WeAreTheChampions(Queen)
https://www.youtube.com/watch?v=hSTivVclQQ0
中学時代に本格的に洋楽ロックを聞くように成った。
当時リアルタイムは、KISS。
とクイーンとエアロスミスだったなぁ…。

78)1977年WutheringHeights(KateBush)
https://www.youtube.com/watch?v=BW3gKKiTvjs
絶対この人狂ってるとおもってた。w
メロディーと声が強烈で1度聞いたら忘れない。

79)1977年NightFever(BeeGees)
https://www.youtube.com/watch?v=-ihs-vT9T3Q

80)1978年Stayin’Alive(BeeGees)
https://www.youtube.com/watch?v=I_izvAbhExY
当時アメリカで流行ってるのは何?って従姉妹に聞いたらコレだと言われた。
ハードロックを期待してたオレとしてはつまらないと思ったが、レコード買ってしまったので、しかたなく聞いてた。w
でも、リズムとかハーモニーは影響受けてるかもね。

81)1977年TheStranger(BillyJoel)
https://www.youtube.com/watch?v=bnlvPoDU5LY

82)1977年JustTheWayYouAre(BillyJoel)
https://www.youtube.com/watch?v=HaA3YZ6QdJU
AR(アダルトロック)の先駆者ビリー・ジョエルのヒット曲。
どっちも素直にカッコイイと思ったが、これがピアノマンと同じ人なのか?と疑った記憶がある。

83)1977年Willyoudance(JanisIan)
https://www.youtube.com/watch?v=pFgfbV60I1s
忘れちゃいけない、ラジオヘビロテのこの曲。
お洒落だったなぁ…メロディーも洗練されてて好きだった。

84)1977年Fantasy(Earthwindandfire)
https://www.youtube.com/watch?v=twICykaRRvY
これもラジオでよく聞いた曲。
今じゃ定番でコレ知らない洋楽ファンは居ないだろ。

85)1978年HelloMr.Monkey(Arabesque)
https://youtu.be/jF_coqVZJwM
ディスコブームも後半戦でそろそろ下火って時に流行った曲。
みんなコレで踊ってた。w
今思うと、新興宗教みたいだったよ。w

86)1978年YouReallyGotMe(VanHalen)
https://www.youtube.com/watch?v=9V6VBKsO-Fk
さっきの口パクとは違う、OFFICIALPVバージョン。
ヴァン・ヘイレンの登場はショッキングだった。
ハードロックの未来の姿を見せてくれた最初のバンドだった。
ロック史においては、1968年のジミヘンの次にロックを変えた人だったよね。
丁度10年だしね。
この頃からオレはとにかく聞く量が増えたんで、ぜんぶは紹介できないよね。

87)1978年Copacabana(BarryManilow)
https://youtu.be/NKR2n-G-wdM
コパカバーナもラジオ向けだったね。
よく流れてた。

88)1979年Don’tStop’TilYouGetEnough(MichaelJackson)https://www.youtube.com/watch?v=ZorRGrDiMsA&feature=related
まだ黒い頃のマイケル・ジャクソンのヒット曲。
もうこの時点で楽曲にスリラー等の80年代の爆発ヒットの徴候があるよね。

89)1979年DschinghisKhan(DschinghisKhan)
https://www.youtube.com/watch?v=pzmI3vAIhbE
このひょうきんな感じが受けたのか、これも大ヒットした。w

90)1979年IntheNavy(VillagePeople)
https://youtu.be/g3_zQ5Qyi88

91)1979年GoWest(VillagePeople)
https://youtu.be/Ksq6sgAsNOQ
この2曲もジンギスカンと並んでヒットしたがどっちも「ホモソング」のレッテル貼られてた。
どうしてだろうね?PVがホモっぽいからかな?w

92)1979年HotStuff(DonnaSummer)
https://youtu.be/1IdEhvuNxV8
ディスコブームの終焉を飾る名曲だった。

93)1979年Honesty(BillyJoel)
https://www.youtube.com/watch?v=SuFScoO4tb0
一方ビリー・ジョエルは着実にヒット曲を量産してた。
ARの先祖としては素晴らしい功績だった。
イケメンだったし、甘い声だったし、今はハゲたオッサンだけど。

94)1979年MOSKAU(DschinghisKhan)
https://www.youtube.com/watch?v=99E9Uw-grpo
ジンギスカンで受けて、モスクワでも受けた、ジンギスカンのヒット曲。
ディスコ調なのが時代を感じさせる。
でも、ディスコブームがなかったら、日の目を見なかったグループだと思う。

95)1979年Gimme!Gimme!Gimme!(ABBA)
https://www.youtube.com/watch?v=XEjLoHdbVeE
ディスコブームに乗って出したABBAのディスコナンバー。
これも売れた。
でもこの後、ディスコブームは去った。w

96)1979年MySharona(TheKnack)
https://www.youtube.com/watch?v=bbr60I0u2Ng&ob=av2e
一方ロックでは80年代前夜に色んなのが出たが、そのなかではコレが一番おもしろかったんじゃないかな?時代が変わるよって言うのが感じられる曲だった。
ロックにメッセージが必要なくなった事を、イーグルスよりも分かりやすく教えてくれた。

97)1979年IWasMadeForLovin’You(KISS)
https://www.youtube.com/watch?v=CmELf8DJAVY
KISSまでもがディスコブームに乗ろうとした。
もう終わりかけてたが一応ヒットはした。
でも多分日本だけでしょうな。w

98)1979年VideoKilledTheRadioStar(TheBuggles)https://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs&ob=av2n
デジタルポップサウンドの先駆者的存在。
この後、ラジオボイスも含めデジタル音で構成されたポップスが流行るようになるから、道を作ったと言う意味ではやっぱパイオニアなんだろうな。

99)1979年Messageinabottle(ThePolice)
https://www.youtube.com/watch?v=ObL3L6MRvN4
当時最新のサウンドだった。
SUM41とかそこら辺のバンドの始祖にあたると思う。

100)1980年AnyWayYouWantIt(Journey)
https://www.youtube.com/watch?v=2VgcZqt-mSk
後に、全米No1を獲得するジャーニーの曲。
ここから本格的な「産業ロック時代」が始まったといえるね。
で、80年までで100曲になっちゃった。w

結構沢山端折って来たんだが、全然足りないね。
80年まででも、この3倍は紹介したい曲があるし、聞いただけの曲も含めると多分1000曲超えると思うけど…。
取り敢えず、100曲。
又機会があれば、1980年以降の曲で100曲やるかもしれない。w