【Vinnie’s BARが閉店しました】

琉球伝説の騒ぎの中で、Vinnie’s BARの話に全く触れることが出来なかったので、ここに書きます。

18年前、現オーナーの窪田さんから突然電話が来た。
当時、それほど親しく話をするような仲でも無かったのですが、そんな窪田さんから「ライブハウスをやりたいので、良い物件は無いですか?」と相談された。

【あちゃらか】

当時、仲間内が集まる「あちゃらか」と言うライブバーが閉店することに成り、行き場を失った当時の若者達の為に、窪田さんが立ち上がけたVinnie’s BAR。
サブタイトルに「あちゃらか2」と有るのはそのためだ。

あの頃は、本当に熱い日々を過ごしていた。
毎晩青春真っ只中の連中と飲んだくれて、ロック談義はもちろん、仕事や恋愛、友達や人生に付いて朝まで語り明かした。
そんなお店が無くなるということで、窪田さんが新しい皆の集まる場所を作りたいと言う事で、Vinnie’s BAR立ち上げに成ったわけだ。

【店を作ろう!】

オレはスタジオマグナム(札幌で有名なリハーサルスタジオ)の横のスペースが開いてることを知っていたので、窪田さんにその情報をリークした。
早速下見をすると中は酷い荒れようで、改修工事には相当な金額が必要な感じだった。
ここをライブハウスに出来るのか?
そのスペースは元々は駐車場スペースで改築されて部屋に成っているだけだったので、床も壁も天井もひどい状態で、ただブロック塀で囲ってあるだけのスペースだった。

こんな所をライブハウスにするには数百万かそれ以上のお金が必要だなと…。
でも窪田さんの意思は固く、諦めるどころか、どこからかお金を工面して来た。

設計の先生が書いたラフな図面を元に、店の改修工事が始まった。オレは業者の手配をして店の改修に協力した。
しかし何とか店はできたのだが、予算が底をついて肝心の音響機材を買うお金が無くなってしまった。

そこで、既にカラオケボックスに成っている旧あちゃらかのオーナーのところへ行って、あちゃらかで使っていた音響機器を安く譲ってもらうことにした。
しかし、それは本当に簡単なシステムで、8ch程度のパワードミキサーに、小型のスピーカーセットがついてるだけの代物だった。

それを担いで出来上がったばかりのVinnie’s BAR に持ち込みセットアップしてみるも、容量が小さくて正直厳しい状態。
まぁ、「無いより良いだろう…。」的なレベルの状態だった。
オレは、仕事で余してた設備用のパワーアンプや、グラフィックイコライザー、音響ラックなどを持ち込んで、店の音響システムの基礎を作った。
新しいスピーカーを買って設備用のパワーアンプに繋いで音が出た。
音質はお世辞にも良いとは言えなかったけど、これで何とか営業できる。

【オープンはいきなりカウントダウン!】

12月30日に無理やりオープンさせて、翌日はいきなりカウントダウンという、無茶な日程だった。w
あちゃらかの仲間たちを集めて、Vinnie’s BAR のこけら落としを兼ねてのカウントダウン。
出演は、オレ「KIYA-HEN」だった。
それから10年間はカウントダウンはオレの仕事だった。

当時の若者達は、今は殆ど40代だと思う。
皆、良いおじさん、おばさん、お父さん、お母さんに成ってると思うけど、当時既にオジサンだったオレはもう50代も半ばに差し掛かっているよ。
ライブハウスってのは、やっぱ若者の場所だよねって時々思うんだよ。
まぁ、文化では有るので、自分の世代がいつまでもライブハウスに通うことも悪くはないが、やっぱ体力的な問題とか加齢によって色々自由が効かなくなる場面も否めないので、どうしても足が遠のくわけだ。
そんな時にやっぱ頼りになるのは若者たちで、それぞれの時代でそれぞれの感性でライブハウスを盛り上げたいと思うんだよね。

【そして終焉を迎える訳だ。】

思い起こすと、本当に色々有った。
ここで育ったミュージシャンやアーティストは数知れず。
ここで生まれたイベントや作品も数知れず。
ここで出会って結婚したカップルも居た。
ここで喧嘩して別れたカップルも居た。

死んで行った仲間も居た。
ここに書けないような事件も沢山あった。

ここは「オレのホームだ!」と言って、本当に寝泊まりもしたことも有るくらいだ。w
それらが全て自分の人生の一部となって、Vinnie’s BAR という場所が皆の人生のマイルストーンになっていれば、窪田さんも本望なんじゃないかな?

最近は、オレも足が遠のいていたし、この数ヶ月は琉球伝説ライブの仕込みや、自分の主宰イベント等で本当に忙しくて、閉店の話を知っても全然顔も出せてなかった訳だが、Vinnie’s BAR がオレのホームであることは今後も一生変わらない。

【それでも明日はやって来る。】

ただ、センチメンタルに成りすぎて明日が見えなくなるのは、窪田さんにしても不本意だと思う。
Vinnie’s BAR で育ったオレたちは、Vinnie’s BAR を忘れること無く、Vinnie’s BAR で学んだ事を胸に抱いて、明日に向かって突き進むことが、Vinnie’s BAR の存在を確かなものにして行くんじゃないだろうか?
窪田さんに対する恩返しは、もうそれ位しか考え付かないよな。

名残惜しいと言うよりも、青春の思い出が又一つ消えてしまうことに悲しみを感じて居ますが、やはり前を向いて明日を見据えて行く事しか思いつきません。

本当にお疲れ様でした。
長い間ご苦労様でした。
お世話になりました。