【ロックの聞き方】

昨日、BLOCOでKIYA-HENのギターサウンド講座の第8回目ジミー・ペイジに迫ってみるを実施した。
その直後、お店にカナダからニセコにスキーに来てる、日系と思われる若者の集団がやってきた。
お客さんが来たので、いつものベースショウが行われて、相変わらずのノリキさんの気持ち良いベースサウンドを楽しんだわけですが、お客さんが帰った後にふと気がつくと、店内のBGMがイーグルスに成っていた。

「やっぱ、コレだよな〜、色々聞いたけど、結局ココに戻ってくるよね。」と言うと、ノリキさんが不思議そうな顔して「何よ?」と…。
「イーグルスですよ!」と言うと、意外だな!?と言う顔をされてちょっとおもしろかった。

確かに、日頃ハードロックや、ヘヴィー・メタルを聞いたり、演奏したりしてるオレしか知らない人は、意外だと思うかも知れない。
そもそもKISSのからハードロックに入った事を公言してるオレなので尚更かも知れない。
しかし、オレ自身は物心ついた頃からモータウンとかR&B、Funk、ソウル等を皆が歌謡曲を効くようなレベルで聞いてたので、イーグルスだって歌謡曲レベルで聞いてた訳だ。

・当時洋楽はラジオで聞くしか無かった。

1977年、あの名曲「ホテル・カリフォルニア」がリリースになって、日本でも大ヒットした訳ですが、当時オレは中学1年生。
多感な時期をラジオから流れる「ホテル・カリフォルニア」と共に育ったんですよね。
で、1980年のあの名盤「イーグルスライブ」がリリースされ、それまでのイーグルスの集大成とも言えるアルバムを手に入れることになる。
それでも、オレはまだ高校1年生だった訳で、本当にリアルタイムに、あの青春時代の出来事がイーグルスと共に蘇るわけです。

なので、今でも音楽に疲れて来ると、ふとイーグルスを掛けることがよくある。
考えてみると、アナログ・レコードと、CDと、今はiTunesでと、3回も同じアルバムを購入してる。
其のくらい、オレの青春時代はイーグルスだった訳です。

「若い連中は色々詳しくてよ…」って話になってきて、確かに若い連中(ココで言う若い連中とはアラフォー世代以下って事です。wなんせ、オレもノリキさんも50代半ばなんで、アラフォーは「若い連中」なんですよね。w)は何でもよく知ってる。古い音楽でもその曲ばかりじゃなく、背景のエピソードなんかも異常に詳しい。

・時代の音

オレの知り合いの殆どは当然ミュージシャンなので、その懐メロ曲をコピーして演奏することも日常的に有る。
オレも当然演奏する事があるが(イーグルスは演ったこと無いけど。w)、その「時代の音」って有るんだよね。
ギターサウンド講座の中でも何時も言ってるが、「時代の音」をよく知らないとサウンド・メイキングの勘所も判らないよ?って話に繋がっていくんだが…。

と、話を戻して、その「時代の音」をある程度再現できてないと、どうにも「その曲」に聞こえないことも多々あるわけだ。
これは、「その曲」と共に育った世代なら理解できると思うんだが、音楽には思い出が紐付いてるもので、その当時の流行歌に乗せて、その当時の自分を取り巻く状況とか、世の中の状態とか、そういった物が一緒に湧き上がってくるわけです。
そこには、懐かしさや、尊さが入り混じってて、なんとも心安らかな時間に成るわけなんですが…。

しかし「その曲」が「その曲」に聞こえない時があって、むず痒さと言うか、コレジャナイ感の方が大きくなる時がある。
何故だろうか?と考えた時に、やはりそういう場面では「時代の音」を知らない人が演奏してることが多いんですよね、特に若い人。

・生活と共にある音楽なのか、それとも…

オレは、イーグルスは日常にあった。
毎日学校から帰るとラジオばかり聞いてた小学生時代。
当時はまだ洋楽はそう頻繁にかからないから、毎週日曜日の午前中にローカルで放送されてた洋楽ベストテン番組がオレの情報入手先だった。

当然他の曜日は日本の歌謡曲が流れてるわけだが、所謂アイドル歌手よりも、グループサウンズの流れを組んだ、かまやつひろしとか、フォーク・ニューミュージックの流れをくんだ、松任谷由実とか、所謂あまりテレビに出てこない人の音楽を好んで聞いてた気がする。だからオレが聞いてきた邦楽は、ヒット歌謡よりも、和製フォークや和製ロックが多い。

日本のフォオークソングは、アメリカのカントリーミュージックから来ており、其処から日本人独特の歌謡センスで、日本のフォークソングが作られてた。
其処から、そのカントリーの要素を消し去って、独自のサウンドにしていくと、所謂ニューミュージックに成る。
この辺は、言葉で定義しなくとも、自然とそう言うふうに受け入れていたし、それが「時代の音」であり「日常」だったからだ。

これは、特に意識して音楽を探してたわけじゃなく、ラジオから流れてくる音楽を一方的に受け取ってたわけだ。
つまり、聞く音楽に自分の意思はあまり関係なく、流れてくる音が全てだった。
だから、其処に自分なりの解釈や、思い出を紐づけて、その曲を死ぬまで忘れずに抱えて生きていくことに成る。

対して、若い連中の演奏する懐メロ曲、当たり前だが、後追いであって、その曲に思い出を紐づけている人は少ないと思う。
今はインターネット時代で、皆手元にスマホと言う、巨大図書館を持ち歩いてるようなものだ。
いつでもなんでも検索でき、瞬時に必要な情報を取り出せる。
音楽も、自分が好きだと思った曲やアーティストのルーツを調べるのも瞬時だ。
その中で、気に入った曲が有ればそれがその人に好きな曲になるわけだ。
つまり、今は1930年代の音楽から、現代の音楽まで、何なら300年前のClassicでさえ瞬時に入手でき、その若者が初めて知る曲が、作曲された時代に関係なく、その若者の時代の曲になるわけだ。

例えばホテル・カリフォルニアなら、1977年の曲を、2019年の空気の中で聞くわけなんだよね。
それは彼にとって、オレが抱いていた時代背景とは全く違う時代に紐付けられる事になる。
1977年、高度経済成長期を終盤を迎えつつ、バブル化していく過渡期の時代。
経済は豊かで、日本は経済大国と言われ、本当に何の不自由も無く暮らせてた時代だったので、色々余裕も有った。
衣食足りて礼節を知るじゃないが、余裕があるから感動も有ったわけだ。

それを、この不景気な時代、失われた20年とか30年とか言われてるけど、そんな時代に聞けば、そう言う残念な思い出に紐付けられてしまうわけだ。
余裕がなく、今を生きる事で精一杯な時代に、ホテル・カリフォルニアを聞いたら、その歌詞の意味も含めて、受け取り方は当然違うと思うのだ。

しかも、恐らくそのホテル・カリフォルニアは自然と流れてきた訳ではなくて、何かの切っ掛けでイーグルスを検索し、そのヒット曲として出てきたとか、音楽学校の教材として出てきたとか、もっと言えば課題曲で演奏しなきゃ成らなかったとか、そう言う出会い方だと思う。
けして、ラジオのヘヴィーローテーションで聞いた曲ではないはずだ。

・曲との関わり方

ここでね、思い入れの差がどうしても出ると思うんですよ。
例えばオレは、V系バンドのジャンヌ・ダルクとか知らないんですよ。
その時代じゃないから。
理解も出来ない。w
でも、ジャンヌ・ダルクをリスペクトしてる世代から見ると相当なアーティストなんだろうと思うわけ。オレは理解できないけど…。

で、例えば発表会で生徒のバックで演奏しなきゃ成らないとかに成れば、オレもジャンヌ・ダルクを聞いてコピーもするだろう。しかし、その演奏は恐らくその世代が聞けば「何だそりゃ?」と成るに違いないんですよね。
何故なら、ジャンヌ・ダルクが流行ってた頃の時代背景を知らないし、リアルタイムじゃないから、そこに思い出の紐づけも無いから、思い入れもない。
思い入れがないから、楽曲をらしく聞かせる勘所も知らない。
渡された譜面に沿って、ギターをジャカジャカ弾くしか出来ないからなんですね。そこに「時代の音」は無いんですよ。

音楽は思い出と共にその世代に響いてる訳で、例えば美空ひばりを戦後の苦しい時代を励ましてくれた昭和のアイドルと捉えたオレの親世代にとっては、共白髪的に、死ぬまで美空ひばりはアイドルな訳。その世代にしか理解できない空気と言うか時代を背負ってそのアーティストなり曲なりが存在してるんですよね。

・音楽がつまらない

そうなってくると、その思い出と共に大切にしてきた音楽を中途半端に再現されてもむしろ腹立たしいだけに成ってくるわけですよね。
 
其処に共感が無いからね。
 
まるで思い出を踏みにじられた様な気分にすら成る時も有る訳でね。
前述したように、課題曲に成ったからホテル・カリフォルニアを聞いて、イーグルスを調べて、ドン・フェルダーがクビになったんだって〜みたいな、あまり音楽とは関係ない情報まで出てきたりして、何かと頭でっかちになってしまい、肝心の音楽、音を味わうことを忘れてんじゃないかな?って思うことが多々あるわけですよ。

最近は、これが音楽をつまらない物にしてしまった原因じゃないか?って思うんですよね。
その昔、音楽は求めても中々得られなかったが、今は求めなくとも何でも直ぐに、要らない情報付きですぐに手に入る。
そうなることで、音楽の価値はどんどん下がっているんですね。
もっと言えば、一般的な情報の価値がどんどん下がってる。
入手が困難だからこそ価値が有ったのに、簡単に入手できると価値を失い、誰も音楽を大切にしなくなりますよね。
更に、そんな無価値な音楽を生産する人だってどんどん減るわけです。

結果、つまらない音楽が大量生産されて、瞬間的に消費されていき、後には何も残らない事に成るわけですよね。
60年代、70年代に生まれた名曲に匹敵するような名曲が、現代に有るかどうか?って事を考えると、無くは無いでしょうが、ホテル・カリフォルニアに匹敵するようなヒットは生まれてないような気がします。
それは蓄音機が発明され、音楽が「RECORD(記録)」されることが当たり前になり、それが時代と共にどんどん一般化して、2000年以降はほぼなんでも無料で入手できるように成った事で、音楽に対する価値が破壊的に下がり、その結果60年代や70年代の様な大ヒットも出づらく成ってるって事なんだろうなと思うわけです。

・最後のロックバンド

多分、ロックの世界では1980年が最後だと思うんですよ。
レッド・ツェッペリンみたいなタイプの売れ方をするロックバンドは。
ヴァン・ヘイレンとか、TOTOとかジャーニーですよね。
あの世代が最後だと思います。
それ以降は、局地的な売れ方をしてるので、ジャンルや人種を超えて一般に受け入れられたようなロックバンドって少ないと思うんですよね。
メタリカが全米でヒットしても、日本じゃ知らない人の方が多かったりするわけでね、ジャーニーみたいに名前を知らなくとも曲をきかせれば皆が「あ、知ってるかも…」とは成らないでしょうから…。
1980年代、日本のコアなロックファンは、産業ロックをバカにして否定してたが、結局その産業ロックが最後のロックバンドに成ってしまってると言う所に皮肉を感じます。

しかし、見方を変えればロックバンドは先祖返りしてるとも取れるんですよね。
アリーナから離れて、ガレージで演奏するように成ったと捉えれば、リバプールに戻ったのか?とも取れるんですが、時代がね…。
もうそう言う時代じゃない。
需要の形態が1960年代とは違っているので、ただガレージで演奏する様にしても多分ダメなんですよね。

ここは、音楽提供側としては、プロデュースやディレクションを少し考えなきゃダメな部分なんだろうなとも思うわけです。

音楽に幸あれ。