【懐かしいものを見せてもらった】

実は昨日、オレの誕生日だったんで、あちこちに挨拶回りをしてた。
そんな中で、地元札幌が誇るライブバー「HOTTIME」へ行ってきた。

そこで見せられたのが、今から30年以上前なのだが、オレが初めて組んだ社会人バンドのライブぼチケットだ。w
このT.N.Tってバンド、オレとスクリュードライバーやサーベルタイガーでもベースを弾いてた干場さんと、サーベルタイガーだった湊と、イライザだった由里子(カリメロ)と4人で演ってたバンド何だけどね。
当時のミニコミ誌のランダムには、干場さんと湊が結成した事になってるんだけど、実はこれはオレが干場さんに「バンドやりたいんだけど、メンバーが居ないんだよね。」って相談したのが切っ掛けだった。
だから本当は、言い出しっぺはオレなんだよなぁ〜。

当時の干場さんのバイト先だった「ロック喫茶ぽっと」の2人がけの席で、まだ20歳ソコソコのオレの話を干場さんは聞いてくれた。
干場さんに具体的にどんなバンドやりたいのよ?って聞かれて、とにかく其の場で思い付く夢を全部語ったんだよね。w
すると、干場さんは「そうか!そりゃ面白そうだから、オレがベース弾くわ!」って言い出して、とりあえずドラムを探して、ボーカルはオーディションしようって言い出した。
で、その場でドラマーを誰にするか考えてて、サーベルタイガーの湊が良いって干場さんが言い出したわけだ。

オレは当時湊とはそんなに交流がなかったので、干場さんが話をしてみるって言い出して、翌日には干場さんスクリュードライバー辞めちゃってて、オレも相当ビビったんだよね。
で、翌日「湊のOKは取った!」って言い出して、湊もすぐにサーベル脱退表明。そして干場&湊の当時の札幌最強リズム隊が結成されたんだけど、その上モノにオレ…。w
まぁ、当たり前に考えて務まる訳が無いんだが、言い出しっぺは自分なので頑張るしか無い。
ボーカルオーディションをするってことに成って、何曲か課題曲を決めて、オーディションをやった。
結構な人数のボーカリストがやってきて、結局元イライザのカリメロ(伊藤由里子さん)に決まった。

この当時バンドのイニシアティブは干場さんが握ってたんだけど、まぁメンバーの中でも年長さんだったし、ススキノでも弾いてた人だから経験豊富だし、そう言う意味で間違いない感じはあった。
すぐオリジナル曲を作って活動開始!とか思ってたが、このオリジナル曲制作ってのがかなりの難関で、当時のオレはなんのスキルも持たずにイメージだけで何でも出来ると信じてた。w
若気の至りと言うか、なんと言うか…。w
で、やっとの思いで作った曲は、干場さんと湊に酷評されるわけだ。
「なんだこの可笑しなフレーズは?」って。w
「ぽっとで言ってた事と全然違うやん!」見たいな感じになったけど、それでもカバー曲も入れながらなんとか数本のライブをこなしたんだけど、其のうちの幾つかはこのケネさんの「ライブ魂」だったんだけどね。
で、オレの力量不足は隠せなくて、半年ほどで程なくT.N.Tは解散に成る訳なんだけどね。

で、このバンドがオレが初めて組んだ、社会人バンドだったんだが、お蔭で自分の力量は棚上げで、ベースとドラムにはうるさいヤツに成ってしまった。w
だって、一番最初のバンドのリズム隊が、当時既にプロミュージシャンレベルの二人だったんだから、仕方がないよね。w

その後、湊は知っての通り、DEAD ENDでデビューして、今でも一流のプロドラマーとして活躍してるし、カリメロはあの初音ミクのクリプトンヒューチャーメディアの社長夫人に収まり、自身もアメリカNAMM SHOWなどでデモンストレーターとして歌を歌ってますね。
ベースの干場さんは、普段は音楽からは殆ど離れてますが、呼び出すと嬉しそうにベース持ってきます。w
オレはこんな感じです。
今でも4人共連絡も取れるし、音楽活動も続けてて、このまま何時までも音楽やれてると良いなって思います。