【大衆性 と 芸術性】

さて、3月も5日も過ぎてますが…。
3月に入って、急に公私共に動きが出ているキヤヘンです。
ド頭に控えていたライブ2本も無事終わり、翌日は早朝から弱電工事屋さんとして旭川へ一泊の仕事で行ってきたんですが、流石にライブ直後から2日も違う仕事してると、ライブの余韻なんかどこかに吹っ飛んでしまいます。

今回、色々思うことが多すぎて、いまいち纏まり切ってないんですが、それでも忘備録的に書いておきます。

音楽(バンド)を演るってこと

今まで何度もこのテーマについて語ってきました。
色んな切り口でこのテーマを散々みじん切りにしてると思います。
それでも、このテーマは何時迄もメインテーマとしてオレの中で君臨してるんですよね。
今回は、一介のローカルミュージシャンとして、お客さんに立ち向かう姿勢といいますかね、アートな側面とビジネスな側面の間で結構苦悩してんだよ!って話なんですが…。

人前でお金貰って演奏してます。
ハッキリ言って、オレは売れてませんがプロミュージシャンです。
自分では「アマチュアです。」と言う事の方が多いのですが、それは甘えではなく、姿勢として良い意味でのアマチュア精神を忘れないためって方が大きいのです。

プロってやっぱビジネスなんですよ。

お金動きますから。
だから、演奏の出来や芸術性よりも、どれだけお客さんが入ってるか?の方が大切なんですよ。
だから日本の芸能界はどんどんダメになって行ってるんですが…。(ってイキナリ話が飛びましたがw)
お客さんを入れるためには、まず話題にならなきゃ成らない。
つまり、エンタティナーですよ。
「今日の演奏」はライブに来てくれないと解らない生モノです。
ライブって、ある意味ハプニングを楽しむ場面だと思うんですよ。
単に正しい演奏ならば、CDを聞いてた方がよっぽど正確で正しい演奏してます。
でも、ライブって、其の場の雰囲気とか、体調とか、アクシデントの果まで取り込んでライブなんですよ。
だから、管理されたレコーディングとは違って、毎回同じようで毎回全然違う演奏なんですよね。

確かに「こんな感じの系統ですよ〜」って意味では事前に聞いてもらえる方が良いに決まってるんですが、それはライブの価値を左右するものじゃない訳です。

じゃ、どうするか?

まずエンターティナーとしての自分を売るしか無いんですよね。

実力派のスタジオミュージシャンなら、実力で売り込むのも良いでしょう。
でも、言うほど上手くもないヤツが音楽で食うためには、音楽+αがないと、やっぱ厳しい。
逆に言えば、+αがあればそこそこ行けるんですね。

そうなってくると、いよいよ本末転倒で、芸がおざなりに成っていくわけです。
これが今の芸能界…ってまた話が飛びましたが…。w

しかし芸術性を高めると一気に大衆には理解できなく成る。

これがね、悩ましい問題なんですよ。
芸術性ってコレほど曖昧な言葉はない。w
明確な定義がないわけで、殆どの場合、送り手依存だったりする訳です。

その昔、1970年大阪万博で太陽の塔をデザインした、故岡本太郎氏曰く、「芸術は爆発」だそうですが、これは天才だから言えるセリフなんです。

オレみたいな凡人は芸術家になろうとすると、相当自我が崩壊しないとやっていけません。

故岡本太郎氏とか、今で言うADHDとかだったんじゃないかな?
まぁ、彼に限らず、例えばエジソンとかの天才と呼ばれている人達って絶対何らかの疾患と言うか障がいと言うか、とにかく普通じゃない何かが有ったとしか思えないんだよね。

そういう部分が、芸術につながってくる。
自閉症の子が、異常に絵がうまいとか言うのに似てる。

でも、職業ミュージシャンは自閉症ではないので自閉症とは違うのだが、でも多くの場合「芸術」にあこがれてミュージシャンに成ってる人が多いと思う。
入り口は何であれだ。

だから、売れるための作品を書きつつも、自分の好きな物、つまり「芸術」の領域に属する作品も世に出したいと思うのは当たり前だろう。
しかし、概ねこう言う芸術点高い人達の自分の演りたい音楽って、ウケないんだよな〜。

詰まり常に「大衆性」と「芸術性」がぶつかり合ってる感じなのだ。

今回、オレはスムースジャズを題材に、好き勝手に弾け!と言われたので、戸惑いながらも自分なりのサウンドで、自分なりのプレイをした。
これは詰まり、大衆性を意識できるほど余裕が無かったって事もあるんだが、自分らしさと言うか、「他にない感じ」を出そうとすると、どうしても「大衆性」からは遠ざかってしまう。
結果、お客さん置いてけぼりになってしまうのだが、まぁ「修行が足りん!」と言われればそれまでだが、現実問題として今回はそんな感じだった。

心優しいお客さんたちのお陰で高評価を頂いたのだが、途中で帰られたお客さんが居たことも事実だ。

オレのプレイは駄目だったのか?

葛藤が収まらない訳だが、考えても仕方がないと言えばその通りでも有る。
帰ってしまった人からはそれ以上の反応は得られない。
何とも切ない話だ…。

結局その落とし所を見つけるのが上手い奴が良いミュージシャンなんだろう。

「大衆性」と「芸術性」。
この2つをバランス良く配合して提供できるミュージシャンが良いミュージシャンなのだろう。
お客さんを呼んで、お金払ってもらって、ライブ演奏をする。
そんなバンド活動をもう30年以上も続けている。
まだ完全に音楽一本じゃ食えてないが、それでもプロには違いない。

プロだと自覚する限り、この葛藤からは逃れられないんだろうなぁ…。

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