【売れるってどういうこと??】(久々の超長文w)

【米国の大手量販店から、CDが消えるそうだ…。】

http://fnmnl.tv/2018/02/05/46842?articleview=more

なので、ちょっとオレも真剣に「売る」って事を考えてみた。
結論から言うと、単体コンテンツとしては、音楽はもうオワコンなんだろうなと…。
まぁ、身も蓋も無い話だが、今後の音楽ってのは一部のマニアに向けたものか、「BGM」としてしか存在できなくなるんだろうなと…。
まぁ、そのメインの作品なり商品が売れれば、それに引きずられるように、そのBGMだった音楽もある程度は売れるんだろうけど、かつて音楽全盛期ほどの売上にはならないだろうね。
音楽は、本格的に稼ぎ方を変えなくちゃならない時代に突入したと思うよ。

【売れる構造】

先ず「売れる」って事を考えたい。
売れるってのは、つまり「人気が出て良い作品が売れて経済的に潤う」ってことだと思う。
ここには複数の要素がつまっている。
「人気が出る」のと「良い作品」と「売れて経済的に潤う」って要素だ。
簡素にまとめると、「人気」「作品」「売上」だな。

この3要素は、一見連携しているように見えて、実はそれぞれ独立している。
勿論連携することで多くの利益をもたらすことは言うまでもないが…。
人気があっても、作品が売れなきゃ経済的に辛い。
逆に、どう見ても人気なんか無さそうで、作品も売れてない筈なのに、羽振りの良い奴も居る。
この現象をまず紐解きたい。

「人気」

これは単純にアーティストの人間性の問題が大きい。
別に、実際の人物の人間性じゃなくて、そのアーティストの「パブリックイメージ」としての人間性だ。
「良い人そうに見える」「共感が持てる」事がとても重要になってくる。
だから、芸能人なんかは、パブリックイメージを覆すようなスキャンダルに神経質に反応する。
せっかく積み上げてきたイメージ戦略が壊れるからだ。

正統派で真面目に売ってたアーティストが、薬物使用などで御縄に成ると、もうそれでアーティスト生命が終わってしまう。
だからと言ってバカ正直に真面目にやってても必ずしも売れる訳でもないが、このパブリックイメージをどういう風に設定し、どこまで実現するかで、そのアーティストの人気が変ってくると思うのだ。

現代においては、アーティストのプライベートがある程度開示されるのが常識になってしまった為、より重要なファクターになっているはずだ。
最近はアーティスト自身のプライベートと戦略上設定したパブリックイメージが微妙にシンクロすることも少なくない。
そうすることで、親近感も湧きやすく、本人も無理しないで自分のキャラで活動できるというメリットが有る。
その反面、よっぽどプライベートが変人じゃ無い限り、「アーティスト」としての「特別感」は反比例して失われて行く事になるよね…。

「作品」

単純に「良い作品」と言っても感じ方には個人差があるので、それらを定量化することは正直困難だ。
でもまぁ、其の道に携わってる人なら、感覚的作品の良し悪しは判断できると思う。
端的に言えば、「良い作品は売れる」はずなのだが、現代においてはちょっと様子が違う。

日本でも米国でも、テレビが出現するまでは、ラジオは重要なメディアだった。
そのラジオ向けのコンテンツちなると、当然だが「音」しかない。
音とは、「語り」か「音楽」に成る訳で、ラジオ時代は音楽はメディアコンテンツの花形だった。
当時は、純粋に良い作品が売れた時代だ。
つまり、メディアから流れてくる情報に限りが有ったので、余計な情報が初めから存在しないので、純粋に音楽を聞くことが出来、その分リスナーの感覚も鋭くなっているので、作品の良し悪しがハッキリ命運を分けていた。

その時代のアーティストは、見た目や人柄よりも先に「作品」を消費者に届けることができた。
だから作品に触れた消費者が、其の作品に感銘を受ける事で、その作品がアーティストの顔が知れ渡る前に売れる事が珍しくなかった。
つまり、作品を知って、そのアーティストを知るわけだ。
現代ではあまり例の無い話だが、当時は普通のことだった。

結果、アーティストは自分の人間性よりも、良い作品を出すことが、人気につながり、ひいては経済的にも成功すると言う方程式を信じていた。
今でも多くのアーティストがこの方程式を信じているんじゃないかな?
おそらく「問題はここにあるんじゃないか?」と思うんのがだ、それはそれで別な話になるのでまたの機会に。
ここでは割愛。

「売上」

つまり儲かるかどうかの話だが、当然人気があって作品が売れれば、儲かるわけだ。
しかし不思議なことに、売れて無さそうなのに、羽振りの良いアーティストも居る。
例えば、其の昔ヒット曲が出ててそれなりに活動してる人だと、ヒットがあるから知名度はそこそこ有る訳ですよ。
そういう人達は、それまでの積み重ねで稼ぐことも出来るんですね。
例えば、大企業のCMあたりに起用されたりとかね。
それだけでまとまったお金が入ってきますから、そういうのを2〜3持っていれば、取り立てて最新ヒットが無くてもなんとかなる。
インディーズだと、一部のマニアックなファンがそのアーティストに肩入れすることで、食べれたりします。
逆に、ヒットも何も無い人は、このスポンサー方式では食えませんけどね。

まぁ、売れるって事は、この3要素をある程度のレベルで満たさないとならないってことだと思うんです。

【取り巻く環境】

で、その音楽を取り巻く環境を考えてみる。
「音楽はいつの時代にも流れているじゃないですか〜」なんて話を今してもしょうがない。
どういう風に「流れている」のかを考えたい。

「曲が流れる」ためには演奏しなきゃいけない。
しかし、演奏は演奏会場を離れると聞こえないんですね。
それを広く世間に流すためにはメディアの力を借りるしか無い。

日本では、1970年代位まではメディアの発達と音楽の需要が比例しています。
その後飽和して、衰退するんですけども…。

日本の大衆娯楽は、LIVE(芝居や園芸や生演奏)、ARCHIVES(映画等の記録物)、その両方(テレビやラジオ)の順に変化している。
特にテレビの時代が結構長かった。

1941年米国でテレビ放送が開始され、日本ではそこから10年遅れた1953年にNHKが放送を開始した。
テレビはまだまだ高級品で一般家庭には普及してないが、1960年代に入って民放も出揃い、急速にテレビが一般家庭に普及するので、テレビ用のコンテンツが多く必要になったわけだ。
テレビの娯楽コンテンツとは、大きく、芝居(映画やドラマ)、音楽、バラエティー(お笑い等)に分けられると思う。
この中で、ある程度の低予算と、内容の崇高さを兼ね備えるのは、「音楽」って事になる。
芝居だと、スタッフ合わせて数百名ってのはザラ。
歌モノだと、バックのオーケストラ入れても、2〜30人居りゃ、なんとかなる。
バラエティーだと、これまた人が沢山必要だし、コンテンツ自体が低俗になりがち。
なので、知的で体の良い娯楽コンテンツは音楽の独壇場だった。
つまり、音楽が単体でコンテンツとして確立できてたんですね。
この状態が1970年代〜1990年代終盤まで続くんです。
つまり、インターネットが始まるまでは娯楽メディアはテレビの独壇場だったわけで、全ての娯楽がテレビ用コンテンツとして調整されており、音楽も例外ではありませんでした。

しかし、大衆の要求は留まるところを知りません。
1970年代、テレビゲームが開発され、1980年代はファミコン全盛期を迎え、1990年代以降は、新しい娯楽として完全に定着しました。
これはテレビを見ない層を生み出す事になります。
同時に、良き音楽に触れる機会が大幅に失われるわけです。
1995年、Microsoft Windows95が発売になり、世界はインターネット時代へ突入します。
ここでまたテレビ離れをする層を増やすわけですよね。

テレビが、音楽に力を入れてた時代はここまでですね。
売れなくなっていくので、当然規模も縮小されるようになります。
人件費がかならない「歌」なのですが、実はその「歌手」の育成には長い時間とお金が掛かってたんですね。
それまでも節減しなきゃならないほど、テレビ娯楽は疲弊していきます。
結果、インスタントに人員が調達できるバラエティーが中心になると、もう音楽なんか誰も聞かないですよね。
素人同然のタレント(育成費がかからない)を起用して、半ば素人ですから当然ギャラも安い。
で、低俗なお笑いを演らせて視聴率を稼ぐ。
しかし、近年はコンプライアンスと言う概念が持ち出されるようになり、低俗番組も淘汰されつつあるわけですが…。

2000年代、インターネットの急速な普及により、情報の在り方が変ってしまいます。
それまで、一般に「蓄積していくもの」と思われてた情報が「流通」するようになったんです。
それまでは、蓄積された情報をメディアを通じて「受け取る」のが普通でした。
今では、受け取るだけではなく、自分で発信するのも「情報」なんですね。

まぁ「情報」と言うと堅苦しく聞こえますが、ニュースとかだけじゃなくて、実は本とか、音楽とか、映画とか、お笑いとかも、全て「情報」なんですよ。
インターネットが普及して、色んな所がデジタル化されるまで、アナログの音楽や本が「情報(媒体)」として扱われることは無かったと思うんですが、現代ではそれら全てが「電子データーの情報」として取り扱うことが出来るようになりました。
そうなると、音楽の流通の仕方も当然変わるんですね。
しかし未だに「音楽は別だよ」見たいな認識の人達がまだまだ業界に多いので、日本の音楽業界は米国なんかに比べて立ち遅れてる感があります。

【行われない方法論の更新】

テレビ全盛期、コンテンツとしての音楽の売上の大半はレコード(CD)でした。
「テレビでコマーシャルして、レコード(CD)を売る。」と言うシステムが40年以上も続いており、現代においてもこのロジックが全くバージョンアップされないまま続いています。
50年前のロジックのまま、現代で商売しようとしても、社会のシステムやら環境やらが変ってしまったので、無理なんですよね。

インターネットは、特定の発信業者(テレビ局や制作会社等)だけが発信するものではなく、むしろ一般大衆がそれぞれ好きに発信できるメディアです。
それまで、一方的に与える「押し売り」に慣れきってしまった既存の大手発信業者は、一般の発信者にその存在を脅かされる様になり、もうただ発信してるだけでは儲からなくなってきました。

一方音楽業界は、自ら築いた「50年前のロジック」を変えたく無いから、逆に環境の変化の方にストップをかけようとする訳です。
例えば2010年に施行された「著作権法の一部を改正する法律」。
所謂「違法ダウンロード禁止法」とかですね。
あと、JASRACの著作権料徴収規模の拡大とかね。

新しい方法論よりも、環境の維持を優先している状態では、世の中の変化にはついていけないと思うんですよね。

もっと言えば、そんなクソめんどくさい日本の音楽流通システムよりも、海外進出して海外資本で活動して日本に逆輸入した方がアーティストも、海外のレコード会社も身入りが良くなるって事にもなりかねないんですよね。
しかもそれはインターネットのお陰で、従来よりも物凄く低予算で実現してしまうわけです。

この辺の方法論の転換を真剣に考えてるアーティストや海外のレコード会社・レーベルは、多分10年後に笑ってると思いますけど、考えられない国内レーベル・レコード会社・音楽事務所の連中は、10年後には死んでるでしょう。
今はインターネットを通じて、海外から音楽を買う事なんか簡単にできるんですよ。
違法アップロードやダウンロードはおそらく今以上増えも減りもしないでしょうから、その辺を計算に入れた営業をすべきなんですよね。

海外では既にCD戦略なんか諦めてるアーティストが多いです。
Youtubeで著作権を主張して違法アップロードに削除要請をするよりも、自らバンバンPVでも何でもOFFICIALで流して、ライブに客呼ぶ方向性にシフトしています。
昨今の外タレバンドの再結成ブームを見てるとわかると思います。
彼らは何十年も新譜なんか出してませんが、昔の曲でライブツアーを回ることで稼いでるんです。
つまり、CDは売れてない(売ってない)がライブ動員で稼いでるんですね。
日本は、そう言う意味では古い人達が既得権をガッチリ押さえようとして必死ですから売れるモノも売れないんですよね。

【今後の展望・と言うかオレの個人的な希望w】

商売の仕方、つまり「売る」事を考えなければ、音楽はドンドン衰退していつか誰も音楽を作らなくなります。
既にAIが歌ったり作曲したりする時代に入ってきてます。
機械の作曲が良いか悪いかはともかく、人が奏でるからこその音楽であると思っているので、ここはやはり生身の人間が音楽を作り出して欲しいところです。
其のためには、ちゃんと売れる土壌を作るところからやり直さなきゃ駄目だと思うんですよね。
つまり、メディア利用を含めたシステムの部分ですね。
テレビはもう難しいと言うか、古い人達が権利争いしてるだけの状態で、正直近年の日本のテレビは空回りしてます。

今は、ネット配信業者がオリジナルコンテンツ、つまりオリジナルの映画やバラエティーを制作する時代になってるんですよ。
受信料は高くても月2000円程度、安いと年で3〜4000円程度。
これはまるでケーブルTVですね。
どちらにしろ「配信」は今後はこれが主流になり、地上波は今のスポンサーから売上を頂いてるシステムのままだと、ネット配信に対抗できるような面白いコンテンツが制作できなくなり、近い将来淘汰されるでしょう。

我々インディーズで活動する連中は、こういった現代のメディアを把握研究し、上手く使うことが要求されます。

先に上げた、3要素。
・人気
・作品
・売上
さらに、「特別感」ってのがあれば最高ですね。

現代は、ハードウェアが発達して、宅録でもある程度のクオリティーが出せるようになりました。
つまり、プロが態々出てこなくてもそれなりには出来るようになってしまったんですね。
とすれば、作品を作るにしても単純に品質だけじゃ差別化は年々難しくなります。
ここで一捻りしたいところなんですよね。

オレ個人の希望としては、で先に少し書いてしまいましたが、海外レーベルやレコード会社に日本市場に参入して欲しい。
但し日本人アーティストを使って、ほぼ日本限定に近い状態で売る。
何につけ、ガラパゴスと揶揄される日本市場ですから、その市場を開国させるよりも、日本の方法論の隙間に潜り込んだ方が、敵も少ないし、お金も掛からないと思うんですよね。

今、日本の音楽市場に介入することは簡単です。
単純に欧米スタイルで活動すりゃいいだけの話なんですから。
JASRACが出来た経緯を何かで読んだんですが、そもそも日本のコンテンツを外国人が権利を主張してて、当時「著作権」と言う概念がまだ未熟だった日本人は、その外国人の言いなりだったそうで、そこから権利を取り返すためにJASRACが出来たみたいな事が書いてありました。
ならば、その逆を行けばいいだけなんですよね。
日本の、業界に管理された流通システムとは別なシステムで流通させれば良いだけなんです。

それは、インターネット配信。

配信業者と契約している人は分かると思うんですが、あのコンテンツ、簡単にダウンロード出来ませんよね?
まぁ、パソコンとかに詳しい人なら抜け道は判るでしょうけども、一般人の知識レベルだとかなり難しい。
そう言うシステムを使うことで、違法ダウンロードも最小限に防げるわけですよ。
だとすると、もうCDなんか作る必要すら無くなります。
むしろ、CD等のフィジカルな商品は、熱心なファン向けのプレミアムにしちゃえば良いんですよね。
そうすると多少単価が高くても売れますし、大量に作る必要もないため、回収も効率良いと思うんですよ。

後は、Youtubeでガンガン再生しえもらえるPVを作って、アフィリエイトと、ライブ動員数と、フィジカルな物販で稼げればそれで充分じゃないかと思うわけです。
其のためのプロモーションを海外のレーベルなりレコード会社で、エキゾチックなスタイルで宣伝して貰えるならばそれで多くの日本人は興味を示すんじゃないかな?
そうなれば、日本に居ながらにして海外アーティストに成れる訳ですよね?w

今、日本はドンドン無理やりグローバル化してます。
日本文化はもうスシ・ハラキリ・ゲイシャだけじゃないんですね。
グローバル化した新しい日本を世界に発信することで、国内で悲鳴を上げている音楽産業を、今までとは違う新しいカタチで再生するべき時期に来てると思いますね…。