【ワンセグ携帯に受信料義務ぅ〜?!?!?!】

https://www.jiji.com/jc/article?k=2017122700724&g=soc

ここ最近のNHK関連の訴訟問題は何か不穏当な空気を感じる。
まぁつまり、NHKは裁判所に実弾打ち込んでんじゃねーのか?って言う懸念が拭いきれないって事なのだが…。

ワンセグ携帯って、受信機能は備わってるが、それが主目的で使われる機械ではなく、受信はあくまでオプションであるので、これを「受像機」と定義してしまうことに物凄い違和感を感じる。

そもそも、受像機を設置したら契約義務があるという判断もおかしい。
本来契約とは双方の合意の元に行うものであり、一方が拒絶することで、強制的には締結できない事になっているが、NHKだけ例外に成っていると言う、この「特別処置」に大いなる違和感を感じる。

NHKが真っ当に商売するには、2つの方法があると思う。

  1. 完全に国営放送として、全ての経費を税金で賄うことにする事。
  2. スクランブルを掛け、契約者以外には放送を見せないことにする事。

このどちらも選択すること無く、放送法を楯に裁判されている。

放送法が制定されたのは、昭和25年。
つまり、戦後の復興期に制定されている。
テレビはやっと実験放送が始まった頃で、恐らくはこのテレビ放送事業促進に向けてこの法律が制定されたと思われる。

当時一般家庭にテレビは存在せず、一部の金持ちや企業、自治体等がテレビを所有しており実験放送を受信していたはずだ。
当時のテレビの社会的な存在から考えて「受像機はNHKしか受信しない。」ことが明白であり、受像機を設置すればそれは即ちNHKを見ることが目的である事が明白なため、受信契約をすることに何の異議も感じない。

対して現代は、NHK以外にも複数の放送局が存在し、NHKと同等かそれ以上の影響力を持っている。
つまり、受像機も必ずしもNHKを受信するのが目的ではなく、放送法で定められてるNHKの存在意義はかなり薄れてしまっているので、その根本的な考え方から変える必要があるはずなのだが、放送法の基本的主旨は、昭和25年当時のままなのだ。

当時の放送の形態と現在では著しい離反があり、当時の感性で現代の放送を捉えること自体がすでにナンセンスだと考える。
現在の「テレビ放送」は多種多様なメディアの中の一部として存在しており、かつてのような国内唯一のメディアでは無くなって居るので、独占的な解釈はそろそろ実態にそぐわない事になって来ているのは自明なはずなのだ。
にも関わらず、その時代的感性のズレを補正せずに、昭和25年当時の感性のまま行われている判決には強い憤りと違和感を感じるわけだ。

願わくば、裁判所はもっと時代にマッチした公平な判断をしてほしいものだ。