【シェッタガーリア見てきた!】(長文だよ。w

FBのTLでも書いたのだが、あとで振り返れるようにと、思い入れが強すぎて加筆。
澄川モダンタイム。
キヤヘンの札幌イチ推しバンド「BADSIGN」のライブだったんですが、オレ的にはちょっと申し訳ないが昨夜の目当てはトリのシェッタガーリアでした。
(ゴメン親分!)今から30年程前、札幌や小樽で話題になってたアマチュアバンドのシェッタガーリア。
当時、誰もが当然メジャーデビューするだろうと思ってた。
革新的と言うほどの音楽センスと、ロックと演劇、ロックと舞踏等、芸術・文化と言われるあらゆるジャンルと融合しつつ独自の世界観を描いていた。
音楽と演劇の融合というとミュージカルを連想する人が多いかもしれないが、そのステージ自体は純然としたロックコンサートのステージなんですが、小芝居をふんだんに取り入れ、まるでコンセプトアルバムを映像付きで聞いてるような、そんな不思議な感覚でした。
もう、アマチュアとかプロとかっていう枠組みでは語れない、本物のアーティストと言うか、表現者集団だった。
オレ自身、当時シェッタガーリアとライブで対バンに成ったことがあって、その時に聞いた「ワルシャワの貴族」って曲と、「東京モダンボーイ」が頭から離れない訳ですよ。
ワルシャワはエンディングのあのフレーズと、東京モダンボーイのイントロフレーズは、今でもすぐに出てくるほどのインパクトで頭のなかでもう30年もヘビーローテーションされてますが、当時から人を寄せ付けないオーラが出まくりのミミさんには、、オレもビビって声もかけられなかった。
(だから、その時のことはミミさんは覚えてないそうですが…w)それから20数年して、そのミミさんからメールが来て、郎平にギタリストとして数年在籍し、その後はジプシーローズでギターを担当してました。
その間、1度だけシェッタガーリアのライブがあったんです。
その時は、オレ自身もシェッタガーリアのギタリストとして参加させて頂き、なんと歴代正式メンバーの一人として名前を連ねさせて頂きました。
(感涙)でも、その時のライブは「封印」ライブでもうシェッタガーリアは演らないって話だったんです。
なので、オレはメンバーとして迎え入れてもらった喜びと、「もうシェッタは聞けない(見れない)んだ。」と言う悲しい気持ちで複雑だったことを覚えてます。
で、ある日FBでBADSIGNのライブ告知がされて、よく見るとそこにはシェッタガーリアの文字が。
「??????」となって、とりあえず経緯を知ってそうな人何人かに聞いてみたら、みな「知らない」と…。
流石にヘタレなオレは、ミミさん本人には恐れ多くて聞けませんでした。w

とりあえず、「このライブは絶対に見逃せない!」ってことで、行ってきました。
あの当時の珠玉の名曲がなんと、バンド形式ではなく、本当のオリジナルメンバー山田昭雄氏とのデュオという形で演奏されました。
マノンレスコー
チゴイネルワイゼン
畸形の薔薇
浅草アバンゲール
アモーレアミューズ
そしてアンコールにはなんと新曲!(題名不明)で締めました。
札幌のカリスマ、伝説のバンドシェッタガーリア。
バンド形式ではなく、本当のオリジナルメンバー山田昭雄氏とのデュオという形でしたが、そこには紛れも無くあの時の伝説が有りました。
でも「あの日のサッカリン」とか、今なら放送コードに引っかかりそうな歌詞だよな。www
「戦争で死ねなかった貴方の為に安らぎを与えてくれる白い牢獄」このシェッタガーリアの曲達は、青春時代だったオレの音楽性に大きく影響してて、自分では殆ど意識してなかったが、今現在オレの作曲やアレンジの中で随所にその影響の片鱗が見え隠れしていることに自分で気付いて、改めてシェッタガーリアのオレに対する影響の物凄さを感じている。
同じ意味で、オレのギタースタイルもサーベルタイガーの木下さんの影響を大きく受けている事に気がついた時はちょっと驚愕だった。w
シェッタにしてもサーベルにしても、どっちもオレの中では大切な青春時代の思い出のバンドであって、思い入れが強いからこそ、必要以上に影響を受けたくなかったので、敢えてコピーもしてなかったが、それでも随所にその影響が現れるほど骨身に染みているということなんだろう。
このライブ当日、マノンレスコーから始まったライブ演奏は、弾き語りながらあの当時のあの雰囲気を更に深化させたような独特の世界が広がっていた。
当時20代だったミミさんの歌う姿は今でもDVDで見ることが出来、むしろ今は殆ど歌うことがないせいも有り、当時のシェッタとはまた別な趣があることも確かだ。
完成度や世界観の深さみたいのは、実は今の今回の弾き語りの方が凄いのだ。
DVDで見る当時のシェッタガーリアは、ミミさん自体が若かったせいもあって、若干の背伸び感を感じ取れる。
それでも当時はこの状態でベストだったろうし、またこの当時のシェッタガーリアに酔いしれたことも確かだ。
しかし昨夜のシェッタガーリアは、当時の粗さや若さを全て振り捨て、成熟したものとして仕上がっている感があった。
どの曲も、よりその深みを増して迫ってくる。
激しいドラムも、うねるベースも要らない。
必要最小限のオルガン・ピアノ・ガットギターだけの演奏で、あの当時よりも深く激しい世界を作り上げてしまうところにこそ、シェッタガーリアの真価を感じた。
家へ帰ってきてDVDを見ながら昨夜のライブを思い出してみるが、正直詳細はよく覚えていない。
しかし、その場の雰囲気と言うか、あの空間の深さというか、そういったものだけはしっかり体に刻み込まれている感じだ。
そして、この昨日の曲達は、既に30年前に作曲されていたと言うこと自体が驚愕の事実だと思う。
この才能はハンパなく尋常じゃない。
セットリスト自体は、終わってから見れば、シェッタガーリアとしては順当な選曲であると思うが、畸形の薔薇が始まった時、そのイントロが流れた瞬間、会場からどよめきが起こった。
つまり、今回はそれだけシェッタガーリアに期待してきたお客さんが多かったということ。
モダンタイムは人に溢れ、会場は蒸し暑く、煙草の煙で空気も淀んでおり、シェッタガーリアが始まるまでの時間がものすごく長く感じたが、いざ始まってしまうとあっという間に終わってしまった。
もっと聞きたいと思うが、もっと!っと思う程度が多分ちょうどいいのだろう。
足りない分は次の機会にまた聞きに行けばいい。
しかし、次は果たして何時になるのだろうか?あまり頻繁にやられても有り難みが薄れてしまうが、我々は人生後半戦も半ばに差し掛かっているので、あまり間隔が空いても切ないだろう。
そういうことを考えると、やはり昨夜のシェッタガーリアライブは、札幌の音楽人にとっては見逃せないマイルストーンだったんじゃないかと思う。
シェッタを知らずして札幌の音楽シーンを語るべからずと言っても過言じゃ無いほど、札幌の音楽シーンの礎を作ったバンドなのだから。
今札幌の音楽シーンで活躍している若い人たちは、ミュージシャンも裏方さん達も、すべからくその礎の上に自分たちが成り立っている事を自覚して欲しいと思う。
今「アマチュアのライブ会場にお客さんが来る」という状況を作ったのは紛れも無く彼らなのだから。