【すごい人】

ガキの頃から何というか、ジャンルはともかく「頭角を現す人」「すごい人」「有名な人」に成りたかった。
だから、偉人の伝記とか読むのが好きだった。
小学校時代に一番リスペクトしてた偉人は「トーマス・アルバ・エジソン」。
なんか色々発明する人だったんだが、彼の幼少時代はそりゃもう「異端児」の一言に尽きる。
なので、周りは彼を疎ましく思い、彼は自分の生活環境に息苦しさを感じるわけだ。
経験則上、「頭角を現すような人」や「すごい人」や「有名な人」(以下「すごい人」に統一)って概ね一般社会から思想的にはみ出してる人が多い。
オレの身近な「すごい人」は何人か居るが、一番リスペクトするのはあの「クリプトン・フューチャー・メディア」の伊藤社長。

オレは彼が「初音ミク」で成功する数年前から付き合いがあったが、彼の異端ぶりにちょっとついて行けないと思った。
当時伊藤社長に「商工会で使うプログラムの開発で相談したいことがある。」と言われ会社に呼ばれたことがある。
彼の説明を聞いたが、その発想を理解できなかったオレは的確なアドバイスなど出来るわけがなかった。
でも太っ腹な伊藤社長は、帰り際に当時は珍しかったデスクトップタイプのレーザープリンターをくれた。
「調子が悪いので入れ替えようと思ってたが、修理して使えるなら持ってって良いよ。」と言ってくれたのだ。
ギアの噛み合わせが悪いことは見てわかったので修理は可能。
当時数十万円もするレーザープリンターをくれると言うので大喜びで貰って帰った。
にも関わらず、オレは彼のその感性にはついて行けなくて、そのまま疎遠になってたが、ある日「初音ミク」が爆発した。

「どーしたの?すっげー!!」と思いながら、其の勢いは収まることを知らずドンドン拡大し、今や世界中で「初音ミク」を知らない奴は居ないと言って良いほどグローバルな存在に成ってる。

オレは「将来偉人になりたい。」と思って、エジソンの伝記を初め様々な伝記を読んで、偉人になるにはと色々考察し、普通じゃダメだって事を小学校の頃から考えてたが、いつの間にか自分は普通の人になってしまっていて、突出した感性を持っていた本物の偉人である伊藤社長を理解できなかった。
一般社会は、そんなオレの感覚にすこぶる近い。

「すごい結果」は受け入れても「すごい思想」や「すごい感性」は受け入れないのだ。

つまり「初音ミク」を受け入れても、それをヒットさせる前の「変な社長」だった伊藤くんは受け入れないんだよな。
伊藤くんの異端ぶりに疎遠になったオレのように…。
じれったいね。
凄さは理解できるが、そこへ到達するそのプロセスや、其のための感性を理解できないし、したくもない。
これが一般社会の構図。
これって、どんなジャンルでも言えることでね。
音楽家や他の芸術家が一番顕著だけど、そういった芸術家や文化人だけじゃなくて、政治でも経済でも一般的な仕事でも、頭角を現すってことは他人に認められるってことで、つまりその「すごい結果」を出した人たちなわけでね。
「すごい結果」ってのは「普通の結果」じゃない。
つまり、「すごい結果」を出したい人は、普通の事をやってたんじゃ出せないってことだ。
逆に普通に暮らしてる人は普通の結果しか出ないことは明白。
音楽でもなんでも、其の結果に「凄さ」を加えたい人は、普通じゃダメだよね。
普通から逸脱し、一般社会の非難を受けながら、茨の道を盲目的に突っ走る必要がある。
ただし、暴走しちゃいけない。
これが難しい。w
馬鹿と天才は紙一重と言うが、正にそういうこと。
突っ走るとの、暴走するのはちょいと違う。
これは、コントロールができてるかどうかって所が其の違い。
アンコントローラブルなのは暴走。
ちゃんとコントロールしてるのが突っ走るってことだ。
幾ら突出した感性を持っていても、ちゃんとすべてをコントロール出来なきゃ意味が無い。
いくら知識や技術があっても、暴走する人は成功できない。
このへんの話はオレもまだまだ勉強中で、勉強が終わる頃には寿命がつきそうなので「すごい結果」は若い人に託すしか無いかな?w