徒然なるままに

今年はロックバンド人生34年目なんですけどね。
ここ10年位で日本における「ロックバンド」と言う言葉が示すモノがまた変わって来ましてね。
徐々に変わってはいたんですよ。
オレがガキンチョだった頃(70年台)は、ロックバンドって言うと、概ねハードロックバンドを指してた。
80年台に入って、バンド活動自体がひとつのムーブメントになった時にその中心に居たのは、ジャパメタと呼ばれるバンド、及びジャンルだったんですね。
なので、当時バンドと言うと概ねジャパメタバンドを指してた。
この頃から急速に変化が起こるようになりましてね。
つまり、メディアの進化と共に、環境や状況の変化が加速するように成ったんです。
なので、80年台前半と後半じゃ全く別な時代と言うほどの変貌を遂げます。
 80年台後半から、色んなスタイルのバンドが出現し、90年台初頭に一応の収束を迎えるわけです。
つまり、バンドムーブメントの上死点に到達するわけですね。
平成元年頃のバンドムーブメント。
テレビでアマチュアバンドを煽った「平成イカすバンド天国」通称イカ天。
ここで、絶頂期を迎えるわけです。
イカ天前とイカ天後ではバンドを取り巻く状況が一変しましてね。
それまでマニアなイメージで扱われてたロックバンド。
一種の差別感や憧れや尊さをも内包してたものから、突如俗的な誰にでも扱えるようなお手軽なモノになってしまったんですね。
確かに裾野は広がったし、バンド人口も増えて一部の人達には喜ばしい状況に成ったのかもしれません。
でも、ロックバンドが持ってた一種の手の届かないと思わせるような憧れ感を失いました。
誰でも楽器を持って集まればロックバンドが結成できて、尚且つその活動自体市民権を得られるように成ったわけです。
当然、ライブを見に来るお客さんの意識も変わります。 
ある意味、怖いもの見たさとか、希少感、特殊な趣味であるところの優越感とか、そう言ったロックバンドと関わることで得られる特別感を求めてたお客さんが、自分にも出来そうなお手軽な感じ、つまりフレンドリーな気分で来るように成った。
市民権を得たってことは特別感が失われて、ロックバンドが持っていた大切なモチーフを失ったことを意味するんですね。
 
この時点で本来あるべきロックバンドの姿とは完全に真逆の状態になったわけです。
 
 本来、反発から生まれた感情を音楽にぶつけることで成り立っていたロックンロールの精神。
国や政治や世の中に対する不満や不安を音やファッションにぶつけて表現してたものだったんですよね。
当然市民権を得れるようなものじゃないんですね。
それこそ一部の人だけが共有できる反骨精神的な感情で、誰もが同意するなんてことはない。
常に特殊で、特別で、少年少女達の憧れであるのだが、手の届きそうで届かない、届かせるためには高いハードルを超えなきゃならないものだったのに、ハードルなんか存在しない、手が届くどころか、むしろ気づかないで通りすぎてしまうような状態にしてしまった。
同時に一般化することで音楽的な質の低下を招いたんですね。
ロックバンド自体がどんどん形骸化して、中身を失い、その体裁だけが継承されてゆく過程で、バンド本来の業務である音楽までもが質を落としていくわけです。
感情さえ込めてれば、チューニングの狂ったギターでも構わないと言う、音楽からは遠い所に存在することも可能になってしまった。
むしろそれなら、ロックバンドであることすら必要ないとオレは思ってましたけどね。
精神としてのロック。
音楽としてのバンド。
この両方を持ち合わせるからこそ、ロックバンドであって、そのどちらも無いのはロックバンドとは言わないと思うんですよ。
国にも政治にも世の中にも興味が無い。
興味もないから反感も買わない。
故に反骨もしない。
バンドやろうにも面倒だから練習しない。
練習しないからいつまでも下手くそなまま。
でもライブやって騒ぎたいから、ライブはやる。
当然雑音なので、客は来ない。
客が来ないから短期間で飽きて辞めてしまう。
 
これじゃ、カッコいいロックバンドなんか出てこない。
来年50を迎えるおっさんとしては、「時代が変わったんだな」と自分に言い聞かせるしか無いんですがね。
それでも、この何も持たない形だけのロックバンドが、「ロックバンド」として存在することを許してしまっている世の中に、今新に反骨精神をくすぐられています。
若い人には「おっさんウゼー」と思われるかもしれませんけどね。
この30年、親よりも兄弟よりも彼女よりも奥さんよりも愛した世界ですから、誰がなんと言おうとオレはオレのスタンスでこの世界を死守したいと思ってますよ。
えぇ、ウザくて上等。
文句あるなら、かかってこいや!とマジ思っています。

北国ギター!ワークショップ(7)

【誰も書かない安ギター物語】オレはね、コスプレコピバンで、毎度安ギターを改造して使っています。
市販されていないミュージシャンズモデルを制作するために、Photogenic等のエントリークラスのギターを改造してるのです。
過去に作ったミュージシャンズモデル。

1)K.KダウニングのHAMER-Vモデル。
本物はHAMER製の特注品で、1ハムにFRTの男らしいモデル。
これを、古いトーカイのVモデルを改造しました。
ボディーはトーカイのトレモロ付きのVモデル(購入時1万円)。
ネックはフェルナンデスの黒夢モデルの残骸。
ピックアップはダンカンJB。
ピックガードは、ミラーのアクリルを切り取って作りました。
廃品を利用してるので、総額で2万円程度に収まりました。

2)初期EVHフランケン&シャーク。
本物はディマジオ製のボディーとネックをパーツ状態で買い、E.V.H本人が組み立てたという伝説の品。
オレは、初期の白黒ストライプ、その上から赤を塗ったもの、そしてIbanezデストロイヤーを切ったシャークを再現しました。
白黒ストライプは、ビルズブラザーズと言うエントリーモデル(購入時5000円)のボディーに、同じくエントリークラスのメーカー不明のメープルネック。
ピックアップは、ダンカン59です。
赤フランケンは、MDFと言う樹脂ボディ(購入時900円)にフェンダーメキシコのメープルネックをチョイス。
ピックアップはダンカンの59。
シャークは、K.Garageと言うこれまたエントリークラスのエクスプローラー(ボルトオンネックで購入時3000円)を切って塗りました。
ピックアップは、ジャックジョーンズと言う、古いリプレース用ピックアップ(ディマジオのコピー品)にしてあります。

3)トニー・アイオミSG本物は特注品(レフティー)で、かなり年季の入った品です。
それをPhotogenicのSG(ヤフオクで5000円で購入)をベースに、海外製の廉価ピックアップ(コレも2個で5000円程度)を載せて仕上げました。
特徴的なポジションマーク等は、台所用銀テープを切って貼りました。

4)ジミー・ペイジの58年レス・ポール本物は58年のCSBモノホンヴィンテージです。
しかも、ジミー・ペイジ愛用となると、数千万円以上の値段が付くだろうことは想像に容易です。
それを、78年のヘッドの折れたトーカイのレス・ポールLS-80(購入時2000円)をベースに再現しました。
ヘッドを繋いで再生し、ピックアップは70年台のGibsonT-TOP。
基本ノーマル仕様なので、ノーマルを再現しました。

5)UFO時代のマイケルシェンカーV本物は71年のメダリオンをリフして使ってるようで、MSG時代の白黒ツートンVの塗り替え前です。
ナローボディーのVで、ネックの仕込みは深く、ジョイント部分は’75とは違いボディーからさほど出ていません。
ネックも何度も折ってるらしく、ヘッドの形はUFO時代既に原型を留めてません。
これを、80年ころのフェルナンデスのV(Gibson’75のドンズバコピーモデル、購入時35000円)で再現。
エスカッションつけるだけで、あとはノーマルで十分でした。

6)ニール・ショーンのレスター2本本物は、カスタムの方は70年台中期の3PUモデルで恐らくノーマルとおもわれる。
もう一本の方は、同じく70年代のレス・ポールデラックスにFRTを搭載し、リヤにPUをノーマルサイズのハムバッカー(恐らくダーティーフォンガース)に交換したもの。
それをMaisonと言う中国製のエントリーモデルのレスカス(購入時4500円)と、Photogenicのレスター(購入時5000円)で再現。
レスカスは3PUに改造し、ピックアップはIbanezRGの物をチョイス。
レスターは、Ibanez製のFRTを付けて、フロントにP90、リヤにIbanezのPUを仕込み、トップだけ黒くリフ。
見た目の雰囲気は抜群です。

マイケルV以外のギターは材料費(原型のギターの代金も含む)2万以内で収まっています。
エントリーモデルの中古を利用しており、楽器と言うよりもコスプレの衣装の一部みたいな扱いです。
で、たくさん作って使ってると、あることに気が付きました。
安いギターなので確かに音も安っぽいんですが、概ねその安っぽさはお客さんまで伝わってない!(笑)つか、PAの人や会場のスタッフ(つまり専門家)の方たちの感想も「エントリークラスとは思えないねぇ〜」と概ね評判良いのです。
安いギターってのは概ね中低音が響かない。
高音ばかりが鳴り響いてしまって、エフェクトなんかもギラギラしちゃうんです。
特に、フェンダー系のコピーギターはその傾向が強い。
そのギラギラ感が安さを醸し出しており、正直こんなの弾きたくない。
それを、アンプのセッティングで音をそれらしくしてしまう方法を発見しました。
STEP1:イニシャライズ

1)アンプのトーンコントロールは全部フルにする。
2)ゲインを適当なところまで上げる。
3)マスターボリュームで音量を決める。

まずこれで初期設定。
ギターの方のコントロールは全てフルにしておき、よく使う方のPUをセレクトしておきます。
ゲインは、アンプのクランチを使いたいなら、ある程度上げます。
クランチを使わないなら、太さは出るが、歪む手前までで止めておきます。
マスターボリュームは会場やPAに合わせて適度に合わせます。
この時、ノーエフェクトが前提です。
クリーンサウンドでも基本的な考え方は同じなので特に分けて書きません。

STEP2:トーン調節
1)Trebleを絞る。
2)Bassを絞る。
3)Middleを調節する。

STEP1のままだと概ねキンキンしているハズですので、Trebleを半分くらいまで下げます。
その状態で、コードなんかを弾いて、低音のブーミー加減を確認します。
高音が削れた分、低音のブーミーなのが目立ってるはずです。
特に歪ませてる場合は、ミュートで刻むと耳障りなほど低音がブンブン鳴ると思います。
そこで、それをバンドのベーシストの邪魔をしないところまで下げます。
下げ過ぎるとスカスカになるので、もう少し削りたいなと思う手前でやめてきます。
そして、Middleを『調節』するのですが、ここで注目なのはTrebleとBassは『絞る』のに、Middleは『調節』なのです。
Middleの調節でそのキャラクターが決まると言っても過言じゃないので、ここは慎重に調節します。
そのママだと恐らく安いギターだとハウリングを起こしますので、Middleを絞るわけですが、徐々に絞ってサスティンの伸び具合や音のバイト感を確認しながら、細くならないように注意して調節します。
この2STEPで概ねどんな安ギターでもそれらしく鳴らせる事が出来るでしょう。
あの、良くある「全てのトーンはセンターにしてそこから調節します。」みたいなこと書いてる初心者向けの教則本あるけど、アレダメね。w
初心者はいきなりポールリードスミスとか使わないだろ?
初心者の9割はPhotogenic等のエントリークラスを買って様子を見るはず。
なので、教則本通りに調節してもいい音は見つけられない。
トーンをセンターから調節する方法は、ある程度音を聞き分ける耳が出来てて、使ってるギターや機材がある程度のクオリティーであることが前提なんですよね。
つまり、初心者や安い機材でセオリー通りやろうとしても難しいって事なんです。
オレは初心者では無いので、安いギターでなんとかそれらしい音を作れないかと思って、試行錯誤した結果、この方法にたどり着きました。
良く世界レベルのプロギタリストの音で、「鬼の様に歪んでて、ある程度の音量もあるのにハウらない」ってのがあるじゃないですか。
アレは、歪み加減も勿論関係有りますが、それ以上にトーンの調節がモノ言ってます。
ゲイン上げてハウリング起こしてるのに、さほど歪んでる気がしないとか言う人は、歪み成分をよく聴かせるトーンセッティングにすれば、それほどゲイン上げなくても歪んでるように聞かせることが出来ます。
あと、オーバードライブやディストーションペダルで歪ませたい人は、ペダルの設定も必要ですが、まずクリーンで上記2STEPセッティングをします。
その上で、ペダルはセオリー通りオールセンター(レベルは0)から調節を始めます。
ゲインとトーンがセンターの状態で、ON、OFF時の音量差があまり出ない所にレベルを合わせます。
※意識的にONでレベルが上がる様にしたい場合はそのようにレベルを合わせます。
次に、ゲインを調節してひずみ加減を合わせて、最後にトーンで抜けや重さを調節します。
概ね、トーンを上げてゆくとLowが無くなってジャリジャリになりますし、絞れば引っ込みます。
なので、Lowがある程度残る所で決めるのが美味しいでしょう。
BOSSMD-2のような多バンドのイコライザーがツイてるタイプは、バンド別に調節できるのでより細かいセッティングも可能です。
最後に空間系のペダルセッティングをします。
コーラスやエコー等ですね。
クリーンではコーラス等のモジュレーション系は深めにかかります。(効果が目立ちます。)
逆にエコー等の減衰系は効果が目立ちません。
クランチではコーラスは目立ちませんが、フェイザーやフランジャーは目立ちます。
エコーはリリースがハッキリ出てくるので、最後の方までしっかり聞こえます。
この様にクリーンとクランチでは同じパラメーターでもエフェクト具合が変わってくるので、音をよく聞いて調節します。
この方法は勿論プロ仕様の機材でも通用しますので、トーンキャラクターに悩みを持ってる人はお試しあれ。
(笑)

「昭和ってのはなぁ〜…」

オレはクレイジー・キャッツが大好きだった。
と言うよりも、植木等が大好きだった。
札幌市民会館に公演しに来た時、多分当時まだ3〜4歳だったと思うが、お袋に連れられて見に行ったことがある。
多分、それが最初で最後のオレが生で見たクレージーキャッツの公演だった。
2007年に植木等さんが逝去された時の悲しさったらなかった。
なんとなく、思い出して昨夜Youtubeでクレージーキャッツを検索して、コントを見てたんだが、どうやらクレージーのメンバーは、犬塚さん意外はみなさんお亡くなりになってしまったようで…。
谷啓さんなんか元気だったのに、階段から落ちて死んでしまったりと…。
なんか、あっけない幕切れで悲しんだこともすい数年前のことでした。
オレは、昭和39年生まれで、昭和自体は64年まであるので、昭和の後半戦を生きた世代です。
平成も24年になって、今更昭和の話かよ!と思うかも知れませんが、昭和の時代に生まれ育ったオレは、やはり忘れることの出来ない時代です。
昭和って時代は、竹槍と気合で本気で飛行機落とせると信じてた、低文化の時代から、テレビ放送や家庭用ビデオデッキ、インターネットこそ無かったけどコンピューターや携帯電話の時代までを網羅しています。
竹槍の時代はオレも知りませんが、テレビが白黒画面だった頃は覚えています。
クレージーキャッツがテレビに出てた頃です。
シャボン玉ホリデー自体はカラー放送だったらしいんですが、うちのテレビは昭和45年(1970年)に引っ越すまでは白黒でした。
なので、サイボーグ009も、サザエさんも、ウルトラマンも仮面ライダーもシャボン玉ホリデーもゲバゲバ90分も全部白黒で見てた記憶があります。
オレが生まれた時代は戦後の復興も一段落し、経済が発達し始める頃で、国民がみんな豊かになり始めた頃でした。
テレビや自家用車とマイホームが「三種の神器」と言われ、誰もが買える、所有できる時代が到来したわけです。