さて、今年も残す所後数時間。

今年は、インフルエンザに始まって、まぁ良いことないだろうな〜と思っていたら、案の定心が折れそうな話ばかりの一年でした。

何度も書くけど、友人知人たちの裏切り行為。
これは、ホントに心折れます。

彼らには彼らの理論があるのでしょう。
なので個々の問題については、いちいち追求しませんが、ホントこの怒りは何処へぶつければ良いのでしょうかね。w

色々考えたんですよ。
関わりすぎるから何か有った時の反動がでかいのかな?とかね。
だとすれば、そもそも関わらなきゃいい。
でも関わらないと、それまで行なっていた共同作業に支障が出るわけでね。

この歳になり、大概の事は笑って済ませることが出来るようになりましたけど、それでも尊厳を傷つけるような言動や、小馬鹿にされる事には心底怒りを感じます。
あと、誠意が見られないというのも、残念な気持ちで一杯になります。
以前のオレはそういう場面では「徹底抗戦!」しかありませんでした。

誤解や陰謀や理不尽な事には、争ってでも解決を得ようとしてましたが、最近は争うよりも「接触しない」と言う回避行動を取るようになりました。
子供の喧嘩じゃあるまいし、そんな事で解決したと思っても、それは解決でもなんでもなく、単に嫌な想いを周囲に撒き散らすだけになると思うようになったからです。

子供の頃、日常的にオレをイジメるガキ大将と一騎打ちして、ガキ大将に怪我をさせたことがあって、母親に連れられてそのガキ大将の家に謝りに行ったことがあります。
奴は、体のでかいオレを見難いアヒルの子のように扱い、何かにつけて差別的な行動を取るわけです。
まぁ、元来争い事が嫌いだったし、争うのも面倒だったので無視してたんですが、ある日の昼休みにその子分たちに体育館に呼ばれたのです。

で、行ってみると、そこにはガキ大将とその一派!w
「お前は生意気だ」と言って囲まれたわけです。

当然防御行動に出るわけですが、攻撃は最大の防御となり、ガキ大将を蹴り飛ばしてしまったんですね。
ガキ大将は、まさかオレが反撃に出るとは思ってなくて、もんどり打って反対側へぽーんと飛んで行き、体育館の壁に頭をぶつけて泣いています。
周りにいた子分たちはそれを見て後退りしてます。
蹴り飛ばしたオレも、まさかそんなに簡単に吹き飛ぶとは思ってなかったので、呆然としています。
すると頭をぶつけたガキ大将はそのまま泣きながら職員室へ駆け込んで、事件発覚。

オレは「暴れん坊将軍」のレッテルを張られるわけです。w

奴は「みんなで遊ぼうと思って体育館へ呼んだら、いきなり蹴られた。」
と証言したようで、オレは理由もなく暴れる逝かれたヤツにされたわけです。
その場に居た子分たちも一様に、自分は何もしてないが、いきなりキヤが暴れだしたと証言しているようでした。

で、先生に詰め寄られまして、事情を説明するとそれでも相手を傷つけることは良くないと叱られました。
恐らくオレが嘘を言ってると思ったのでしょう。
結局、ガキ大将は自分は絶対に悪くないと言い張り、オレが加害者になってしまい、母親と二人でそのガキ大将の家に謝りに行ったわけです。

この理不尽さは無かった。w

日常的に他人を傷つけているガキ大将はお咎め無しで、たまたま反撃したオレには「他人を傷つけることは良くない」と説教され、しかも加害者にされてしまう。
そんな判断しか下せないオトナの存在が疑問になった瞬間でしたね。
奴は良くてオレは良くないってダブルスタンダードを垣間見た気がしました。

現実にはダブスタではなく、単に騒ぎを大きくしたくないって学校側の事情だったと思うんですが、それが子供に与える影響って無視できないと思うんですよね。

以来、オレに構うと怪我するって事が知れ渡ったらしく誰もオレをイジメなくなりましたが、同時に、後に転校するまで友達も出来なくなりました。w

話が反れましたが、まぁ人間関係ってのは難しいなと改めて思う1年でした。

そんな1年もようやく過ぎ、来年こそは何かと動きのある年にしたいと切に願っております。

命ある限りギタリストとして生きようと、心に誓って数十年。
家族の同意も協力も得られず、数人の友達だけに支えられて数十年。

支えてくれる友達の数が増えるとその分、アンチも増えるようで色々細かい問題も起きますが、負けていられません。

ボロは着てても心は錦。
どんな花より綺麗だぜ!

ってことで、来年は綺麗な花になろうと想います。

ってなんか変だな。www

うっぷんばらし。www

今年も沢山地雷踏まれた。w
付き合いが広がると、友人を選択するのを忘れてしまうというか、面倒になってしまって、来るものを拒まなくなる。
でもそれは良くない結果を招くって事を、今年は思い知ったと言うかね。

まぁ、数年前から感じてはいたんだけど、どうもオレは自分の置かれている状況をきちっと把握できてなかったというか…。

究極の選択でも迫られてるなら仕方がないとは思うが、そうでもない所で平気で裏切り行為を働く連中が後を絶たないってかね。
もうほんとに、勘弁して欲しいなぁ〜と思う。

どんどん、人間嫌いが加速されるわ。

結局、自分の事しか考えられなくて、自分の行為が相手にどういう影響を与えるかなんて考えても居ないんだろうね。
空気読めないってよりも、読む気も無いんだろうし…。

なんの前触れもなく、理由もよくわからない、場面も場所もわきまえないで、いきなりキレて悪態つく奴とかね。
もうテンカンでも起こしたのかと驚くしかないもんね。そんなの…。
中学生か?と思ったよ。いい大人が…。

それとか知識に溺れてる選民意識満載の大卒のクズとかね。
自分の理解の域を超えたら、思考停止して陰口で発散とかね。
もう今時中学生でもやらん幼稚な手口。
なんのための知識なんだか…。
使えない知識は無いのと一緒だよ。
もう使えない通り越して死んだ方がいいと思う。
多分、日本の国は君を必要としてないからさっさと死ねよとマジ思うよなクズが偉そうに大卒ですって肩書きだけで闊歩してるのかと思うと、もう大学とか要らなくね?と思うよ。

あと、何度でも同じ間違いを繰り返す、学べない阿呆とかね。
それが原因で周りに迷惑かけてんのに、全く学んで無いてか、堪えてないてかね…。
何度説教しても理解できない残念なオツム。
挙句に逆恨みみたいに成ってて、すっげー面倒だったり…。

自分の悪事を隠すために、嘘をつくやつとかね。
まぁ、どっちにしても罪悪感があるから、バレるとまずいって事を知ってるから、隠すわけでね。
つまり、色んな所に迷惑かけることになる事を承知でやってる訳だ。
しかも、それを隠すために口開いた瞬間にバレるような嘘を付く。
周りどころか、足元すら見えてない。
想像力が無いってのは、全くもって残念な結果しか生まないな。

最悪なのは人をいいだけ侮辱しといて数カ月後に会った時に謝るのかと思ったらいきなり説教始めようとする奴とかね。
目上の人間に敬語使わせ、自分はタメ口なんて、完全に相手を小馬鹿にしてるとしか思えない。
そうじゃねーっつーなら、もう少し礼儀ってもんを知った方がいい。
そうやって色んな所で、いろんな人間を欺いてるくせに、まぁ、偉そうに正論ぶってよく語る。
語る前に自分の言動を一度見なおしてから語れよと思うわ。
自分で良くないって言ってることを既に自分がやってたりね。w
全然説得力無い。
何様のつもりなんだろうね。

あと間違いを指摘されても、自分は悪くないモードに突入して、戻ってこない奴。
殆ど病気だけど、本当に病気ならちゃんと病院行って治せよと思うが、精神疾患は基本何をしても治らないからなぁ…。
何せ原因もメカニズムも何も解明されてないジャンルだから、現存の治療法じゃ症状は軽減しても完治は望めないのは自明だし道理だよな。

極めつけは人畜無害な顔してダブルどころか、多重スタンダードを平気で使い分けてる奴とかね。
八方美人は八方塞がりに等しいって最近思ったが、いつかそれを噛み締めるだろうね。
多重スタンダードに気がついた人から徐々に離れてゆく。
気がつけば周りに人がいなくなるだろう。
こう言うのは物理的な利害が発生しにくい分、精神的ストレスは一番激しいからね。

もうそう言うのは対応が面倒でね。
少なくともオレの今後の人生には必要無さそうだし、面倒だからもう切り捨てるしか無いよね。

つか、直ぐ思い出せるだけで、この1年でこんなに居るんだって事に、今あらためて驚いた。www
オレは自分は完璧とは流石に思ってないが、間違いや失敗が発覚すれば、とりあえず謝罪するなりなんなりして、復旧に向けての対応をするように常に心がけてる。
確かに、自分の間違いや失敗を認める事は苦しいことだが、体面や場面に流されず、その苦しさを乗り越える強さを鍛えるのは必須だろう。
しかし上記の連中にはそういう心がけは無いようだ。
もしくは初めからオレとの関係などどうでも良いからトラブルに対応してこないのかもしれない。

ならばそう言うクダラナイ奴が自分の交友範囲の中で発覚しただけでも良かったと思うべきなんだろうかね。
気が付かないで行動を共にしてたら、自分も同じ人種だと思われる危険があった訳だから、結果良かったのかもしれないね。

先日とある人に、「(そういう連中を)許す気は無いのか?」と尋ねられたが、ミスったまま放置している連中を手放しで許せるほど、オレは寛大では無い。
許されたいならば、相応のリスクやストレスを背負ってもらう事になるだろうし、またそれらを背負う事が謝罪の意を表面化出来る唯一の手段じゃないかと思う。
ペナルティーってのはそういうもんだろ。

来年は、もっと良い人間関係を構築したい。

人は一人に非ずだよ。

無理にフレンドリーに、友好的であれとは言わないが、せめて自分の行動範囲で他人に迷惑はかけないとか、わざわざ人が嫌がる事はしないとか位の事は考えていたいよな…。

なんとなく年末

先日、カラーセラピーなるものを受けてきました。
10色ある綺麗な小瓶から6色を選んで、その選んだ色から、現在・過去・未来の状態を分析し、色々アドバイスを受けると言うものです。
いわゆる「センセーション」と呼ばれるタイプのセラピーですね。
1993年にカナダのバンクーバーでカラーセラピスト「ステファニー・ファレル」が設立したカラーセラピーです。
10色のアロマオイルを用いる、色と香りのシンプルなセラピーで、欧米で人気があります。
セラピーは占いでは無いので、セラピストが未来についてアドバイスしたりするものではありませんが、現状の自分をより具体的に知ることができるので、自分在り方に迷った人は受けてみると良いと思います。

今回のオレは…

★過去★
人間関係のストレス・フラストレーション
決意・成功

だそうです。
まぁ、ここ数年色々ありましてね。
いろんな人に裏切られ、結構傷心してたりもして、そんな中で来年に向けての目標とか決意的なものを持つに至るわけですが、それが色に全部出てるそうで、セラピストの切明畑にズバズバ言い当てられましてね。w
正直、そこまで判るのかとびっくりしました。

★現在★
冷静・クール
上昇志向・達成

これは、過去について自分の中では一応の解決を迎えており、それよりも未来へ向けての達成に意識が向いてる事が現れてるそうです。
まぁ、確かに、過ぎたことをいつまでも思い悩んでも仕方がないので、来年の目標に向けて冷静に駒をすすめるだけです。
そういう自分の気持ちが色に出てるそうで。

★未来★
知識・経験
完全・整然

これは未来を暗示しているのではなく、自分の未来に対する気持ちを表しています。
まぁ、占いではないのでね。w
オレは経験値に基づき、理路整然と物事を進めようとしているようです。w

総合的に言えば、グダグダだった過去をある程度精算し、新たな目標をもって達成させようとする意欲にあふれているそうです。

まぁ、確かにここ数年は人に恵まれてなかったなとおもいます。
細かく書くと色々問題あるので割愛しますが、裏切られたり、邪魔されたり、利用されたりと、まぁ枚挙に厭わない訳ですがね。
反面良いことも少ないながらもありましたけど、その影が薄くなるほど、しんどい時期でした。

思えば、オレがバンド(音楽)をやろうと本気で思ったのは、中学2年の冬。
欲しかったエレキギターを手に入れて、ロックすることがより現実的なものに成った。
両親は、若者特有の熱病で時期が来れば飽きるだろうと踏んでたらしい。
でも、オレは飽きるどころか時を重ねるほどのめり込んでいったわけでね。
そもそも否定的だった家族や親戚は、オレのバンド活動には無関心というか、むしろ眉をひそめている状態だったようでね。
人は否定されているよりも、肯定されている方が能力を発揮しやすいようでね。
オレは自分が否定されてきた家から出たかったんだろうなと、今になって思う。
そんな家族からは半ば無視されてましたが、幸いにも友人には恵まれたんで、なんとか活動を続ける事ができた。

ま、毎度のことながら今年1年振り返ろうと思うと、それまでの人生全部振り返ってしまう癖を来年こそは治そうと思います。(笑)

で、現在はやっとバンドのメンバーも固まったかな?と思える感じなので、焦らずに確実に駒を進めようと思っています。
その為の最初のレコーディング。
まずは、音源作らなきゃ営業も出来ないので、新曲にこだわらず、既存曲を今のメンバーで演奏している音を届けたいと思います。
そして新しいPhantomの評価を頂こうと思っています。

で、2013年のバンド目標は「東京でライブやりたい!」ってことです。
出来れば、メジャー処の前座とか対バンとかで。(まぁ、これは高望み感満載ですが…w)
なんとか実現させたい。

そして個人的には、今まで活動休止していた、PRB(Psychedelic Ragtime Band)を再開させようかなと思っています。
これは、出来れば〜程度の希望なのでお約束はできませんが、何となくそんな気分になってきてるので、頑張ってみようかと思っています。

そんなことを思う、年末の”ほっと”タイムです。w

師走ですな。(鬼が笑うぞ!w)

今年は、毎年恒例の「虎の穴忘年会」がサーベルタイガーの都合で「虎の穴新年会」と言う形で行われます。
性懲りもなくまたまたスタッフバンドで参加なのですが、この数年間かくし芸的に、初期サーベルタイガーの曲を1曲演奏します。

その為に、80年台〜90年台のサーベルの曲を聞いてる訳ですが、これがなんとも珠玉の逸品ばかりでしてね…。

今のサーベルもまぁ悪くないんですが、オレにはちょっと味が濃すぎで…。w
新作のMessiahComplexですか、パワフルで美しい曲がたくさん入ってます。
クラウン徳間ミュージックさんから、絶賛発売中なのでよろしくおねがいします。

宜しくと言ってみたり、濃すぎると言ってみたりどっちよお前!
とお叱りを受けそうですが…。w

80年台のサーベルは「札幌メタル」代表格だったんですけどね。
と言うより、81年の結成当時から、札幌のメタルシーンを引っ張ってきた存在でして、地元の多くのバンドに影響を与えてました。
ファストドロウ、イライザ、フラットバッカー等、同時期の札幌メタルバンドは皆サーベルタイガーの影響を受けてましてね。
直後にLAメタルブームが到来し、その要素をいち早く取り入れたバンドが全国制覇を遂げてるわけです。

で、サーベルタイガーと言えば、正直LAメタルブームには乗り遅れましてね。w
というより、独自路線を守ったという方が的確かも…。
初期の今井兄弟在籍時の英詞でメロディーやアンサンブルよりもビートを優先させたサウンドは、まさにモーターヘッド等に見られる典型的なブリティッシュメタル形式で、今で言うバイカーズメタルとでも言うか、当時としては正統派と言えるサウンドだった。

今井兄弟が脱退した後のサーベルタイガーは、日本語詞になり、ポップでキャッチーなメロディーに取って代わられ、それまでのビート優先の作品から大きく変貌した。
アンサンブルや、技工を凝らしたサウンドになり、いわゆる「札幌メタル」の元祖であり、ジャパメタの基本形式に成ったわけです。
同時代の日本の多くのバンドがそうだったように、サーベルも80年台ジャパメタサウンドの一端を担うバンドに成ったわけです。

そしてオレは、その最初期のビート感あふれるサーベルタイガーが大好きでした。
今井兄弟時代〜湊滝沢時代〜菅野ジージョ時代くらいまでですかね。
なので、その時代の曲をコピーする訳ですが、今井兄弟が去った後のサーベルタイガーの楽曲の難しいこと。w
さすが、自由な作曲が出来る環境での作品は、木下氏のアイディアが「これでもか!」ってくらいに詰め込まれており、当時の本人の演奏力を持ってしても再現できてないだろうアレンジの曲も多くあります。
今聞いてみると、「あ〜ここは、本当はこう弾きたかったんだろうな〜」ってのが、手に取るようにわかります。w

そんな時代のサーベルサウンドは、今のサーベルには無い臨場感を持っており、そこで起きてる事件をかぶりつきで見てるような手触り肌触りがあります。
CD聞いてるのに、まるでライブ会場に居るかのような錯覚に陥るほどのリアルな音なんですね。
音楽的にも、人間的にも成熟した今のサーベルタイガーは、部屋で安心して聞く音楽になってますが、当時のサーベルタイガーは、テープ(当時はカセットテープだった)をかけると、警察が飛んでくるんじゃないか?って思うほど、暴力的な「力」を感じるサウンドでした。

素材の旨味ってかね。
サーベルに関しては、料理され調味料の味がして口当たりの良いサウンドよりも、けして美味ではないが、素材の旨味はふんだんに感じれるようなサウンドの方が好きですね。

で、MessiahComplex。
楽曲の完成度は文句なく、過去最高の出来です。
十分に練られた楽曲に、現代的な技工を凝らしたプレイ、迫力あるボーカルに、最新技術によるサウンド。
曲も録音状態も現代メタルのお手本みたいな出来だと思います。

けど、オレには味濃すぎ。w
調味料効きすぎ。w
1曲持たない。www

今のリスナーはこのくらい濃い味じゃないと聞けなくなってしまってるのかと思うと、若干悲しみも感じますが、コレも時代の流れなんだろうと思うと、常に時代に触れ続けているサーベルタイガーはやはり賞賛に値する存在だなと改めて思うわけです。

18歳の頃、憧れていたサーベルタイガー。
今じゃ、お友達になってしまって、当時の新鮮味は既に失われてますが、古い曲を聞くと、サーベルキッズだった頃の自分に戻ります。
メタルライダーを聞いてその歌詞の内容に自分を重ねてワクワクしてた頃を思い出します。
その頃に起きたいろんな出来事を思い出し、自分も大人になったんだなとちょっと寂しくなる瞬間もあり、それでもやはりメタルライダーはオレの青春を思い出させる1曲だなと思うわけです。

来年の新年会ではメタルライダーは演りませんが、もっと難しい曲に挑戦中です。
よく聞くと木下氏本人も弾き切れてないギターソロを弾くことになります。www

これはヨレヨレのオリジナルをコピーしたほうが良いのか?
恐らくこうしたいのだろうと言う理想形を弾いたほうが良いのか?

悩むところです。www

どっちにしろ、ヨレてるオリジナルの完コピは無理なので、オレ流に解釈して弾くことにします。w
良くも悪くもオレはサーベルタイガーをリスペクトし、インスパイアされて今に至るって事を来年の新年会で包み隠さず出してみようと思います。w

誕生日でした。

昨日誕生日でした。
48歳になりました。
沢山の人から、お祝いのメールやメッセージを頂き、感謝感激雨あられ状態です。w

メッセージやお祝い下さった皆様ありがとうございました。

言うまでもなく立派にオッサンですが、中身が殆ど20代の頃から変わってなくて、自分の実年齢と気持ち年齢のギャップに時々驚く始末です。

さて今年は、何年か前の「大パーティー」とは打って変わって、物静かな誕生日を迎えました。
で、誕生日の日に毎年思うことがあります。
人生80年と言われている昨今。
ウチのお袋は55歳と言う若さで亡くなりました。

「自分は55歳まであと何年?」

これです!w
毎年言ってます!w
取り敢えずあと7年に迫りました。w

このお袋他界のインパクトは20年経っても色褪せず、むしろ自分がその年齢に近づけば近づくほど、そのインパクトは年々強くなってゆきます。
これはかなり強力なトラウマになってます。www

お袋が死んだあの時、オレを含めたお袋を取り巻く人々の何かが壊れました。
お袋は、多くの人を橋渡していたターミナルみたいな感じで、そのターミナルが有る日突然失われると、お袋と言うターミナルを介して繋がっていた人たちが見事にバラバラになり、それぞれ別な新しいターミナルに接続されて、相関関係が様変わりします。
このターミナルってのは、コンピューターなんかで複数の端末で情報をやり取りする時に、個々の端末を繋ぎ留めておく重要なパーツなんですが、同時に医学用語では死を待つ末期患者を指す言葉だそうですね。w
お袋は正にターミナルと化し死んでいったわけですが…。
ま、人が死ぬってことはそういう事なんだなと、おぼろげながら感じております。

あれから20年。

オレも、お袋、親父、祖母と、肉親の誰かが亡くなる度に、そのターミナル(接続先)を失い、どんどん孤立して行く自分を感じています。
その分、外に向かって開放されている自分を同時に感じています。

と言うより、オレは自分自身が友達やバンド仲間のターミナルに成りつつ有ると感じています。
それは、同時に孤独でもあるわけです。
一人で居るということは、自由を満喫できるが、その分孤独も満喫せざるを得ないわけですね。

でもオレは、孤独が好きみたいです。w
ガキの頃から一人で遊ぶのに慣れています。
それに、お袋の息子ですので、ターミナル気質は受け継がれているのでしょう。
つーことは、お袋は実は孤独だったのでしょうね。

オレがまだガキだった頃、もう何もかもが嫌になってお袋に八つ当たりしたことがありましてね。
その時のお袋の態度というか、なんというか、通常とは全く違う、何処か思いつめたような、オレの問題ではなく、なんか自分の問題と戦っているようなそんな空気を感じたことがあります。
お袋はその時、家族や親戚のターミナルとして存在している自分を感じ取ったのかも知れません。

表面的には多くの人に囲まれて楽しげな一族に見えるかも知れませんが、その全ての人を繋いでいたお袋はむしろ孤独だったのかも知れません。
お袋も誰かに繋がりたかったのかも知れません。
なのにお袋には自分が繋がる事ができる、自分より大きなターミナルを見つけられなかったのでしょう。

オレと言えば、最近は目も見えなくなり、老眼だなと思いながらも、認めたくない気持ちでいっぱいになり、現実を省みてはため息をつく日が多くなりました。
夢も希望もまだまだ残ってますが、それを実現しようとするパワーは年々失われてゆくようです。
これが老いるということなのか?と自問を繰り返す毎日です。

別に悲観論者でも、自殺志願者でも無いですが、無理に長生きしたいとも思いません。
仮に今死んでも悔いは無いからです。

貧乏ですし、大したことはやれてませんし、何も残せません。
しかし、十分我がままに、好き放題やって生きてきました。
もう十分だなと思う日が多くなっています。

諦めてる訳ではないのですが、ガッ付いてもいません。
自然の流れにまかせているというか、変なバイアスを掛けたくないと言うか、ベストな状態は外圧がない状態じゃないかと思うように成ったわけです。

必要な細工は施すでしょうが、過剰な細工をする気は毛頭ありません。
必要なときに、必要なだけ力を使えば、あとは自然に任せるのがベストだと思うように成ったんですね。

無理に方向修正しながら腕ずく力ずくで物事を進めるのは、やはり若者の特権だなと。
でもそれは往々にして受け入れがたい状態も創りだす。

人は受け入れられてナンボじゃないかなと。
人は、大なり小なり誰かとつながっており、それぞれがターミナルの役目を果たしています。
とすれば、誰にも受け入れられずに一人孤独に生きるのはあまりに辛い。

ターミナルは孤独だが、誰かが繋いでくれてるからこそ、その存在意義があるわけです。
オレは孤独は苦じゃないが、ターミナルとして誰にも受け入れられてないのはやはり辛いわけです。

そんな事を部屋で一人ぼやぼや考えてる48歳の誕生日でした。