サーベルタイガーと木下昭仁氏

※一部過去に何処かで書いてるかもしれない内容と重複してる部分があります。
※また、過去の話と食い違う部分もありかもしれませんが、なにぶん老齢化の為に記憶が曖昧になって来てますので、ご容赦下さい。w

つーことで、オレはまぁ一部の人からは、「弟子1号」と言う認識をされてる訳ですが…。

正直、弟子入りした事はないです。(笑)
じゃ、なんで弟子1号なのかというと、木下氏のBLOGだったか、掲示板だったかで、「木下さんの弟子」って人が書き込んでましてね。
だったら、オレは一番古い弟子なんじゃねーか?って勝手に思って、自ら「弟子1号」を名乗ったら、あっさり木下氏本人が認めてしまったんで、公式に弟子1号に成ってるって話は、前に何処かで書いたハズ。

でも、それとは関係なく、木下さんの存在はオレの中でものすごく大きかったんですわ。

高校時代に、駅裏8号倉庫って所(今は無いです)で初めてサーベルタイガーなるバンドを見ました。
中学時代、ロックバンドがやりたくてエレキギターを買って練習して、高校時代にバンドを組んで練習を始めたんですが、学祭以外で演奏するって事は無かったわけです。
外タレ(当時外国人アーティストの事を、総称して「外タレ」と呼んでいた。)の様なワールドツアーは勿論、アマチュアのくせに公でライブをやるなんて概念がまだ無かった時代に、アマチュアバンドでライブをやってたサーベルタイガーは、目からウロコでした。

と言うかオレがガキだっただけで、実はフェアリーとかブラインドホースとか、アマチュアでライブ活動してるバンドは昔から存在はしてたんですけどね。(笑)

まぁ、オレの中では彼らはプロなんだろうって思ってたんで、当時アマチュアであるはずのサーベルタイガーがライブをやってるってのは、衝撃だったんです。
この瞬間にオレは趣味の音楽から脱皮して、本気でプロ(当時はプロ=メジャーデビューでした)を目指そうと思ったんですわ。

その後、木下さんの家に押しかけ、無理やり知り合いになって、サーベルタイガーのスタッフの真似事を初めて、木下さんから盗めるものは盗んでやれ!と思って、くっついてました。(笑)

今思うと、よくぞこんなオレをそばに置いておいてくれたもんだと思います。(笑)

数年経ち、自分でもバンド始めたり、就職して時間が無くなってくると、バンドボーイは務まらなくなります。
と言うか、オレが居なくても他にサーベルファンが増えて、ボウヤをやりたい、スタッフをやりたいって人が増えてきたんで、自然消滅的にオレの場所は無くなる訳です。

それから数年はちょっと離れたところに居たんで、特に5人サーベルの時代は殆ど知りません。
オレにとってのサーベルタイガーは、激しいストレートな曲調の3人サーベルなんですよね。
マボロシでさえ、キャッチー過ぎてなんか違うなぁ〜って感じです。

メタルライダーとか、マシンガンとか、スピード感あふれるストレートで暴力的で激しい曲調のサーベルが好きでした。

そんなサーベルタイガーに憧れて、オレもサーベルに肩を並べるバンドをやろうって思って、今日まで来ました。
まぁ、サーベルタイガーがどの程度かとか、色々あるんでしょうけど、オレには一番最初に、夢は実現できるんだ!と教えてくれたバンドでした。

まぁ、よくも悪くも「札幌はサーベルだよなぁ〜」と今だに言われることが多々あります。
確かに、HR/HM系統ではサーベルが今だに札幌の頂点ではあります。
木下さんが引退するまでこの状況は変わらないでしょう。

越えられない壁ってのがあるとすれば、それはサーベルタイガーなんじゃないかな?とさえ最近は思いますね。

オレはそんな偉大な人に「弟子1号」として認められたわけです。
多分、初めて肯定的な対応をしてもらったんではなかろうかと思います。(笑)

お陰で、オレの認知度が一気に上がり、各方面からキヤさん、キヤさんと言われてありがたい感じになってますが、その殆どが木下さんのおかげだと思ってます。

今となっては、サーベルタイガーの楽曲はオレには難解でその良さもどんどん解らなくなってきてますが、木下さんのギターの音は変わってませんね。
音ってよりも、ニュアンスって言うんですかね。
タッチですね。
チョーキングやビブラートのかけ方とか、コードの鳴らし方や、アーミングのポイントやタイミング。
この辺は、この30年変わってないように思えます。

気がつくと、オレのギターにも木下節が息づいてるようで、いろんな人に「さすがに木下さんに似てますね。」と言われるのだが、それにはオレもちょっと悔しい訳です。
「オレは木下昭仁のコピーじゃねーぞ!」
と思うわけですが、そもそもあんなに技巧的に弾けません。(笑)

でも、下山アニキに、「キヤさんのギターは昭仁ちゃんとそっくりだねぇ〜」って言われたときは、さすがにちょっと嬉しかった。
そこまで似てるんならまぁ良いかなって。
実際に、何年も木下さんと一緒にサーベルタイガーで活動してる下山アニキに言われるなら、もう仕方がない。

「似ててもいいじゃんかよ!こっちゃもう30年も木下ギター聞いてんだよ!」

って感じです。w

でも、意識的にサーベルのコピーはやりませんでした。
札幌のギタリストは、木下コピーばかりだなと言われるのが嫌だったからです。
でも近年、忘年会の出し物として昔の数曲をコピーしただけです。

その時も、酔っ払った今井のお兄ちゃん(初代ベースボーカルですな)から「キヤくんギター上手いんだね〜。木下くんそっくりだったよ〜。」と言われたこともあります。
さすがにその時は、嬉しさよりも「今更っすか?w」と思ってちょっと笑ってしまいましたが。www

ともあれ、多分木下さんが居なかったら、オレはここまで固執してバンド活動とかしてなかったと思います。
いくつになっても、どんな状況でも、「継続は力なり」って言葉で邁進してきた木下さんが居なければ、オレはその教え「継続は力なり」をそれこそ、継続できなかったと思います。

バンド仲間の友人も沢山居たんですが、今時点で継続してる人は数える程しか居ません。
オレは大した上手くはないですが、30年ずーっと継続してきました。
途中で休んでいません。
それだけが自慢です。

「中抜けして、オジサンになってから帰ってきた人ととは違うんだ!」って意識をもって活動してます。
それがどうした?と言われるかもしれませんが、それでもいいんですね。
価値観の問題ですから。
オレには、継続するだけ魅力のある世界だった。
そうじゃない人にはそれほど魅力ある世界じゃないんだってことですね。

因みに、MIやら何やら各所でギターを教えてる木下さんですが、オレがこの30年で明示的に木下さんに教わったのは、この「継続は力なり」って言葉と、「マボロシ」のギターソロを途中までです。(笑)
バッキングと残りのソロは、弟子2号のクニヤから教わりました。(爆)

それでも、セッションなどで弾くオレのギターには木下節が満載だそうです。
まぁ、仕方がないですね。

師匠なんだから。www

One thought on “サーベルタイガーと木下昭仁氏

  1. おひさしぶりです♪
    富良野の「サーベルタイガーギタークリニック」で一番後ろの席からここぞ!と木下さんを質問攻めしていたキヤさんを思い出しました(笑)

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