風邪ひいたらしいんだけどさ…

正月早々に風邪ひいたらしく、せっかくの正月なのに、イベント全部キャンセルして、一人で部屋で寝てます。
もう3日目なんですけどね。

友達達が代わる代わる電話して来て、心配してくれます。
ほんと、こう言う時は友達ありがたい。

でも、出来れば夜は寝かせて欲しい。w

初日から大量の差し入れ貰ったけど、具合悪くて食べられないよって言ってるのに持って来る。(笑)
気持ちは凄く嬉しいが、なんか勿体なくね?(笑)

まぁ、それでも薬飲んでおとなしく寝てれば何とかなると思いつつ、3日間。

3日間も寝てると色々考えちゃいますなぁ〜。

まず、初日。
意識もうろう状態なんで、殆ど何も考えられない。
でも、幻想ってか、幻覚じみた物は見るんだよね。

もの凄い高熱だとね、手足がしびれるんだよね。
もう、ピリピリピリってね。
で、熱を冷まそうと思うんだが、いったい自分が何なのか解らなくなる。
汗取りに着ているTシャツが自分なのか、それを着ているのが自分なのか解らなくなる。
だから、汗で濡れたTシャツを脱ぎながら、「あ〜これで解放される」とか考えてんのさ。

でも、Tシャツはオレじゃないから全然解放されないんだけどね。(笑)

で、横になっても当然全身がブルブル震えてて寝れない。
部屋は汗ばむくらい暑い筈なのに、悪寒が酷いのだ。
で、横になりながら「あ〜あしたの予定ってどうなってたかなぁ〜?」とか考えながら、ガチガチ震えてる訳でね。
そんな所に、友達から電話。
もう受話器持つ力も無いので、ハンズフリーにて対応。
自分でもびっくりするほど声も出ない。
かなり腹に力入れて喋らないと言葉に成らない。
こんな経験は初めてで、ちょっとマジ不安になったけど、今更しょうがない。
ダメならそれで諦めようと思うほど酷い。

そんなこんなで二日目。

若干余裕が出て来た。
でも、頭痛が酷い。
相変わらず食欲無し。
食べなくなって2日目に突入。
水だけは飲んでるが、食べられない。
無理に食べると吐き出してしまって全然ダメ。

気付くと部屋がなんか白いモヤがかかってる様に見える。
でも実際にはそうではなくて、目がかすんでただけだった。
「ダケだった」とは言うけど、普通の状態なら、「だけ」なのだが、さすがに高熱の後なので「こりゃ失明の予兆か?」とか思うと、若干の恐怖を感じる。
まぁ、見えなくなれば障碍者年金とか貰えばいいかと安直に考えるが、見えない恐怖ってのはもの凄い物が有る。
障害年金どころの騒ぎじゃない。
見えないんだよ!?考えられないよね。
最近、それでなくても老眼が進んでしなって、小さな文字が全部ボケて見えないのにさ。
完全に見えなくなるなんて考えたく無い。

まぁ暇なんだよね。
1日寝てる訳だから。
しかも、高熱と疲労と戦いながら。
色んな事が頭を駆け巡る。
「どーせ、好い事なんか無いんだから、頑張って耐えてなくても、さっさと死んだ方が楽だよなぁ〜」とか、「何が悲しくて、ダラダラ生きてんのかなぁ〜」とか。
まぁ、概ねマイナス思考のオンパレードですわ。

そんなマイナス思考オンパレードが進むと、終いに自分の生い立ちを思い返す。
何時だったか、「3行以上の人生を送ろう」って話を書いた事が有るが、「あーオレはまだウィキペディアに載ってないよなぁ〜」とか、「どうせ載らないんだろうなぁ〜」とか。
概ね、どうでも良い事を考えだす。
で、生まれた時から思い返してみる。
おれのきおくの一番古いのは、生まれ故郷の千歳から札幌に引っ越した日の断片だ。
大きなトラックが(多分今思うとせいぜい2t程度だったんだろうと思うが、赤ん坊のオレには超巨大なトラックに見えた。)千歳の家の前に付けられて、沢山の人が荷物を積み込んでた。
手伝いに来てた親戚のオバさんがその人夫さん達にサイダーをごちそうしようとしてて、それが飲みたくてダダをこねたのを今でも覚えてる。
その次に古い記憶は、その引っ越した先での数年間だ。
まぁ、放浪癖が有ったらしく、何度か捜索願が出されたらしいけどね。(笑)
その都度ひょっこり戻って来て、皆を安心させたと言うかね。
近所の悪ガキとアゲハ蝶を追いかけて、直ぐ下の弟と3人で、何十キロも離れた山奥まで行ったりね。
途中で雨に振られて雷が鳴って、スッゲー怖くて土管で雨宿りしてね。(笑)
這々の体で帰ってみれば、近所は子供が消えたってんで大騒ぎでね。
あの頃は、何にでも興味が有って、すぐ熱中して、自分なりに理解出来ればなるほどと言って、次のターゲットに移ってまた熱中する。
そんなガキだったと思う。
だから、普通の子供がやるような遊びはそんなにしてなかったような記憶が有る。

ある時は、親戚の家でお袋が用事で出かけて、オレはそれを追いかけた。
そしたらそのままススキノで迷子になってね。(笑)
道端でうずくまってたら、若いサラリーマンが警察に届けてくれた。
すすきの交番初体験だよ!(笑)
オレは、自分の名前と住所、電話番号、親の名前と年齢まで全部報告して交番で迎えを待ってたらしい。(笑)
4歳だったと思う。
そうそう、丁度オレのアイコンの頃だ。www
あの時のサラリーマン、多分今はもう70歳近いだろうけど、あの時の迷子の子供はこ〜んなしょーもないオッサンになっちまいましたよ!って報告したいな。(笑)

でもなんでその親戚の家を飛び出したかってのは、今だから言えるが、オレはそこの家が大嫌いだった。
そこのガキはオレと同じ歳。
すっげー生意気で、一人で何も出来ねークセに威張りたがる。
プラモデル一つ満足に作れなかったんだぜ。
親も親で、どっかの妾やってて、その旦那とのガキがソイツなんだよな。
まーつまり私生児ってやつだ。
そういう常識はずれた奴らが、ウチのお袋やオレたちを小馬鹿にするのが、ガキのオレでも感じてて悔しかった。
そのガキに「なんでとーちゃんいっつも居ないの?」って聞くと、「ウチのとーちゃんは、船長で外国へ行ってるから普段は居ないんだ!」って言うんだよ。
よく考えたら、海外航路の船長の家族が、あんな貧乏長屋に住んでる訳ねーだろ?って今なら0.3秒で気付くが、そこはオレもガキだったんで、ウソだと思いながらも、半分信じようとしてた。
お袋は、オヤジの兄弟だからってんで、いつも下手に出てた。
後で聞くと結構ひどい仕打ちを受けてたらしい。
だから、そんな家に一人で居たく無かったんだよな。
で、お袋がオレを残して出てったんで、オレも後を追いかけた。
「なんでこんなクソみたいな家に置き去りにするんだ!?」って思ってね。

本当に、オヤジの兄弟って言う連中は嫌いだった。
デリカシーも無いし、上品さのかけらも無い。
田舎育ち丸出しで、もう本当にイヤだったね。
ただ、オヤジの妹二人は別だったな。
ま、オバさんな。
優しかったし、オレたちにも普通に接してくれてた。
それでも、田舎者には違いなかったがね。

今思えば、オレたち兄弟はお袋の御陰で結構モダンで都会的な生活環境で育てられた。
上流とは言わないが、少なくとも何処へ出ても恥ずかしく無い基本的な躾はされて来た。
メシの喰い方で育ちが解るってよく言われてね。
食べ方にはうるさかった。

テーブルに肘をつくな。
膝を立てるな。
箸をちゃんと持て。
食べてる途中で中座するな。
飯粒を残すな。
他にもあったが忘れてしまった。

だから今でも友人とか仕事関係の人と飯を喰う時に言われるよ。
「育ちいいっすね。」って。
まぁ、そう言う意味ではお袋に感謝してる。

でも、人間なんてどこでどう変わるかわかんねーんだよな。
実際、オレも歪みまくってどうにか成っちまったらしいし。
結局、人払いして一人で住んでるが、もうこれ以上何の為に息してるのか解らなくなって来る。

まして、グロッキー状態で何日も過ごすと、もうマジどうでもよくなる。
家族が居る訳じゃねーし。
死んだ所でだれも悲しまねーだろうし。
今後何か重大な事があるとも思えない。
天命ってのがあるならば、オレの天命はなんだろうねぇ〜?
それを探すのが天命なのか?
だとすれば、随分と手抜きだな〜神様。(笑)

そんな事をダラダラ考えながら2日目を終える訳だ。

で、3日目。

身体は随分楽になった。
明日から仕事だ。
そう思うと、今年の正月は何もしないで終わってしまった。
最悪の気分だね。
新年早々散々な訳だ。
昨日からのマイナス思考がまだ尾を引いてるのか?と思うほど気分が優れない。

去年はマジ良い事無かったから、今年こそは何とか這い上がりたいと願ったのに、元旦からいきなり高熱でダウンってアリなの??

や、マジ、イラつくわ。これ。

既に、寝過ぎでイライラしてるし、この状況が納得出来なくてさらにイライラしてる。

なんでこんな嫌な想いして生きてなきゃなんねーかな?
ってマジ思うほど、イライラしてます。

やーもう!

具合悪っ!

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