脱退報告

自分のけじめとして、どこかに書き留めておきたいと思いますので、書いておきます。

まず「郎平」。

既にご存知の方も多いと思いますが、2007年8月から在籍してた郎平ですが、今年の春に脱退致しました。
バンマスのミミ山田氏と相談の結果、郎平の今後やオレの今後の目標等を考慮し、脱退した方が良いと判断し、脱退に至りました。

ある日、突然舞い込んだミミさんからのメールに戸惑いながら、連絡を取ったのが切っ掛けで、郎平にゲストギタリストとして参加し、そのままメンバーにしてもらったと言う経緯がありまして、オレとしては当時一番心躍る最高のバンドでした。

ハイレベルなメンバーに囲まれ、久々にペーペーな自分を感じ、年を重ね若干大柄に成っていた自分を戒め、多いに初心に戻る事が出来ました。
こんなメンバーと共に音を出せた事を嬉しく思い、また感激しております。

ロシアンボートのレコーディングに突然呼ばれ、リハーサルなんか殆どない状態でほぼぶっつけ本番でアドリブなレコーディングをしたその場で、他のメンバーに「おめでとう」と告げられ、正式にメンバーに成ってた事を知って驚いたり、リハーサルの後の本番前に先に飲み会(打ち上げ)してしまって、オレ以外全員ベロベロでライブをこなし、それでも出てくるサウンドは、素面の時より凄かったり、富良野へ遠征に行って富良野の若者達に歓迎されたり、酔っぱらったひろしクンのベースプレイがグダグダだと、これまた酔っぱらったサトシ君が文句を言ってたりとか、思い出すと楽しい事ばかりでした。

いくら言葉を尽くしても言い表せない程の喜びと緊張と楽しさを味あわせていただきました。
本当に名残惜しくもあり、こんな出来損ないのオレを迎え入れてくれたメンバーには、心の底から感謝しております。

今後、同じ観音レーベルのバンドとして、「ジプシーローズ」の方は、観音グループの一員として、続投と成りました。
今後、郎平を楽しむ立場に成りましたので、元に戻ったというべきでしょうか。(笑)
心残りなのは、セカンドアルバムのレコーディングをやりたかったことです。

そして、今月をもちまして「Recall」も脱退させて頂きました。

ある日、谷藤氏から「飯を食おう」と誘われて、ホイホイ付いていったら、それはRecallへの誘いだったという…。(笑)
もう、飯食った後だったので、断る訳にもゆかず…(笑)

谷藤氏とは、バンドのあり方や、進め方を常に協議し、常に状況に応じたベストを目指すと言う基本スタンスが暗黙の内にありました。
そのおかげで、Recallを去る事に成ったメンバーも少なからずあり、今と成っては申し訳ないと思うと同時に、10年続いてるバンドは、そのくらいメンバーを厳選してクオリティーを保つ事も重要であると再認識する次第でもあります。

若手ドラマーだった国友をいじり倒し、困惑しつつも頑張ってた彼を陰ながら応援してみたり、アコーディオンと言う未知の楽器の可能性を教えてくれたkibanaさんとのやり取りや、バイオリンの素晴らしさを再認識させてくれたロリちゃんとか、新しい世界を見せてくれた過去のメンバーには感謝に絶えません。
名曲「Sanctuary」のエレキバージョンのアレンジに携わり、原作曲者の片岡氏に恥ずかしく無いようにと頑張ったり、NETラジオとかでのアコースティック演奏や、オンドコでのインストア。
普通にロックバンドをやってたんじゃ味わえない、体験出来ない事を数多く体験しました。

Phantom of sorrow の活動と、その他プライベートな活動が忙しくなり、Recall の為に時間を割く事が困難になってきたので、思い切って止める事にしました。
バンマス谷藤氏には、必要以上に惜しまれ、非常に光栄に思っております。

が、ここらで自分の立ち位置や今後の方針に付いて思案する時間が欲しかったので、無理を通させていただきました。
谷藤氏に依頼されてた、Recall用の新曲を完成させられなかったのが、唯一の心残りと成っております。

後任には、初代ギタリストの片岡氏が復帰するらしい情報を得ております。
エレキバンド化したRecall に片岡氏のレスポールが鳴り響く事を期待しております。

どちらも今まで応援ありがとうございました。

そんな感じで、KIYA-HEN はまた一人に戻ります。

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