採点されてみた。

MIの「オープンハウス」って言うヤツに行って来ました。
なんの事かと言うと、MI JAPAN での体験受講みたいなもので、その内容によって採点されると言う話。
無料で参加でき、講師による技能チェックで採点もされるって話です。

オレは完全我流なので、こういった「授業」的なものは一度も受けたことがありません。
コンテスト関係もほとんど出たことが無いので、賞の類も、もらった事がありません。

なので、この採点されるって話。
自分が今どういう状態なのか、客観的に知ることができるので、思い切って参加してみました。

地元では今更オレが受講とか言うと、「道場荒し」とか「いやがらせ」とか言われるんですが、それはオレを買いかぶってるんですね。

ちなみに、講師はあのMIでも有名な折原先生です。

今日は、読譜とリズムとスケールと言う3本構え。

まず、読譜。

これは、5線譜を読む訓練。
結構な速度でメトロノームが鳴る中、おたまじゃくしをギターで追いかけるって話です。

オレはガキの頃のバイオリン教室でドレミで覚えてたので、読譜もドレミでしてしまいます。
でも、ギターはABCで覚えたので、そこにギャップが生まれます。

んで、ドレミをABCに変換してる時間が必要になります。
おかげさんで、テンポに付いてゆけません。

反射的に音符が音になるには、毎日やるしか無いそうです。

んで、次はリズム。

いくつかのパターンをいわゆる単音で弾きます。
これが以外に難しい。
とりあえず、この読譜とリズムはMIでも最初の頃にやるカリキュラムだそうです。

さらにコードで16ビートのカッティング。
まぁ、リズムは何とかクリアしたんですが、音がひどい。(泣

ブリッジに手を載せてパワーコードをゴリゴリ弾くクセが付いてしまっているので、腕が振れない。
おかげで、カッティングの音がゴワゴワしててちょっと頂けない。
これは、折原先生にも指摘されました。

折原:「良いんだけど、腕の振りがね~」

と…。

最後はコードとスケールの話です。
まぁ、具体的にはどんなコードでどんなスケール弾けばよいかってー事なんですが、スケールの名前がゴチャっと載ってまして…。

折原:「判るヤツ有るかな?」
オレ:「…。」
折原:「ロックの人だから、マイナーとかブルーススケール位かな?」

まさにそのとおり。
それですら満足に使えてない。
とりあえず指定されたコードの上で何か弾けと…。

しかもなんかぶっ飛んだコード進行してるんですね。
無理でしょ?w

でも折原先生はスラスラと弾いてゆきます。

これはすごかった。
手品を見てるようで、すげー面白い!

ちなみにコレはMI本科の2年間の最後にやる授業だそうです。
これすげーわ。

2時間があっという間に過ぎました。

で、思ったことは…。

内容はかなり高度でした。
その分、感性がある程度出来上がってないと、無機質なプレイヤーを排出するなぁ~と思いましたよ。
なんせ、折原先生のプレイは見ていてすげー面白い。
本当に手品みたい。
だから、ああいう風に弾けたら楽しいだろうなと思うんです。
で、2年もびっしり練習すれば、ある程度弾けるようになると思いますよ。
でもそこには、「ロックらしい」とか「○○らしい」って言うような感性は付いてこないと思いますよ。

3連譜の3拍目をいくらドロップさせても「それはシャッフルじゃない」のと同じですね。

あ~難しい。

で、採点されるんですが…。

1週間後くらいに郵送されるそうです。
早く来ないかなぁ~。

採点されるのが目的だったんでね。w


そう言えば…

元旦にBLOG更新したが、新年の抱負的なものは書いてないな。
休みたいと言う希望は書いたが…(笑

さて、これまでの人生を振り返るに、概ねやりたいことはやってしまった。
結婚もしたしな。
離婚もしたしね。
子供ははじめから欲しくないので居ないしね。
一番やりたかったロックバンド人生も、既に30年を超えてるんで、いまさらコレをやり残したって感じのものは存在しないんですな。
海外でのライブも、数年前にマベリック在籍時にひょんな事から実現してしまった。

そうやって考えると人の人生ってどういうものなんだろう?

オレのおふくろは田舎に生れて、成人するまで農作業をしながら学校に通って、就職しに札幌へ出てきた。
数年後、おやじと見合いで結婚して翌年オレが生まれる。
子育てに20年あまりを費やし、若くして癌で死亡した。

おやじも漁師の息子として生まれたが、漁じゃ食えないと悟り、当時はやりのサラリーマンになる。
その後おふくろと出会い結婚してオレが生まれて、定年まで勤めあげる。
最後は老人ホームにて老衰で死んだ。

ん~各々3行の人生だな。w

オレは、サラリーマン家庭に生まれ、何不自由なく育ち、15の時からバンドでギターを弾くようになる。
そして死んだ。

あぁ…今のところ2行だわ。w

徳川家康なら生まれから死ぬまでいろいろ書くことあるんだろうが、たとえば、戦国時代に生まれ誰か武将の下で死んだ奴の人生ってどこにも残ってないよね。
つか、たぶん合戦で死んだ連中の9割以上が名もなき人々のはずなんだよな。

名前すらわからない。

「生まれて死んだらしい。」

と言う、1行と言うよりも、一言で終わる人生。

しょせんこれが人の人生だと思うわけ。
これ以上行数を増やすなら、何か後世に名を残すような偉業を成す必要があるだろうなと思うわけです。

想像力が乏しいので、これ以上思いつかん。(w

ん~困ったね。

新たにやりたいことを探してみようかな?

 

新年あけましたってさ。

まぁ、取りえず去年を振り返りますと…。

2008年の漢字は「変」だったそうで。

なるほど、オレも「変」な年だったわ。

人の気持ちがわるってことを、痛感した1年でした。
信じることが危うくなって、誰も信じれなくなる一歩手前まで行っちゃったしねぇ~。

まぁ、それでも所詮そんなもんだろうと、自分の中で折り合いをつけて1年を過ごしてみた。

でも、たぶん今後、心底信じれる相手には出会うことはないだろうなぁ~と思うわけです。
その人の属性がどうとか、性格がどうのって話じゃなく、どんなに誠実な人が現れても、オレの心のどこかがそれを信じなくなってるってことなんだけどね。
悲しいと思いつつも、「また裏切られるかも?」と思うとどうもね…。

それだけ、深い傷痕が残ってしまったんだなぁ~と振り返ってみるわけです。

それと、自分を取り巻く環境もわったね。

ラジオのパーソナリティ降りたしね。
新しいバンドも始めた。
引っ越しもしたしね。
新しいことのオンパレードだったけどね。

まぁ、それも年の初めに色々あった反動でもあるんだけど、そういう化を起こすことで、すべてを過去の物にするしか方法がなかったんだね。

ある種逃げだが、ある種前向きな解決法だと思ってるよ。
問題自体は解決しようがないので、問題そのものを忘れるしか方法がない。
そのためには、すべてを時の流れに流してしまうのが一番手っ取り早いからね。
1年を何年分にも感じるためには、これしかないと思う。

で、今年。

まだ何も考えてないよ。

すっげー不況で仕事が無いし、明日の食いぶちすら危うい、頭が痛い状態で年が明けたわけだが…。

どーすっかな?
とりあえず、去年始めたバンドを動かしてみるかな?
前途は多難だが、やりがいというか、面白そうだからね。

適度に力を抜いて進めてみるさ。

去年は無理やり突っ走った感が強くて、年の初めに休もうと思ってたのが、結局休めなかった。
なので、今年こそ休もうと思う。

休むというより、無理しないって感じかな?

無理強いしては良い結果を生まない事くらい承知なのだが、無理せねば成せない事も多いのが現実。
だから、押す時は押すが、そうじゃなきゃ、押しもせず引きもせずを保とうと思う。

流れに身を任せるようにね。

さて、朝だから寝るか…(爆