被害者の人権と加害者の人権

「罪を憎んで人を憎まず」

なんか、とても道徳的な響きを感じますが…

クソ食らえ!

です。

「罪」は人が犯すんですね。
「罪」が勝手に一人歩きしてる訳じゃないんです。

つまり、「人」を何とかしなきゃ、「罪」はいつまでも無くならない訳です。

であるなら、何を制御すべきか?
当然「人」を制御すべきなんですね。

非常に単純明快な方程式です。

しかし、現状の日本ではこの方程式がまったく理解されていない。

先日交通違反で捕まりました。
「道路交通法違反」です。
端的に言えば、犯罪者です。

当然罰を受けました。
1ヶ月の免許停止と、罰金数万円。

つまりこれは、「人」に対する制限ですよ。
結局は罪に対し何かしらの尻拭いをその「人」に求めるのが現状なんですね。
でも、これは「罪を憎んで人を憎まず」に対し矛盾してますね。
人を憎まないなら、オレに刑罰を与えるなよと声を大にして言いたい。

しかし、処罰されるわけです。
当然だと思いますよ。
なので、多少の不満はありつつも、とりあえず刑に服しました。

で、そんな矢先「福岡小学生殺害」事件を知りまして、犯人は母親だったと…。

「え~」と思って色々記事をあさって読んでみたんですが、もののついでといいますか、過去の色んな殺人事件の記事を読む結果になりました。

総じて感じたのは、「どの事件も被害者の人権を考慮して無い。」ってことです。

殺人事件ですから、被害者は全員死亡しています。
死んだ人は既に亡き人なわけで、亡くなっているならば既に人権は喪失(消滅?)しているってー理論なんでしょうか?

よく、心身喪失だの何だのと責任能力の有無を調べたり、なんらかの事情が無かったのか等、情状酌量の余地を模索したりしてますし、かなりの凶悪犯でも死刑宣告は中々されません。

つーか、「殺人を犯す瞬間にマトモな人間なんか居るのか?」と、問いたい。

人を殺す、まして自分の子供だの、親だの殺すヤツが、マトモなわけが無い。
つまり、精神鑑定しておかしい(つまり心神喪失状態)のは当たり前で、おかしいから責任能力が無いみたいな話になること自体がおかしいって事に、いつになったら気が付くんだろうか?

喪失して無いヤツは、殺人など犯さないから。

つまり、殺人者は総じて心身喪失どころか、「人として大切なものを喪失してる」訳ですよ。

そんなヤツに人権なんか認めてしまって良いのだろうか?
被害者の人権はどうなってるんだろうか?

守られるべきは善良な一般市民(被害者含む)の人権であって、犯罪加害者の人権では無い。
むしろ、善良な一般市民の人権を踏みにじり、殺人に至らしねた加害者の人権こそ剥奪すべきである。

なのに、人権保護団体とか呼ばれる連中は、加害者の人権ばかり主張する。
頭がおかしいとしか思えない。

色んな犯罪があるが、最低でも殺人者に更生を期待する必要は無いし、一人に一つしか無い命を殺めたならば、即死刑にするくらいじゃなければ、罰とはいえないだろう。

一人に一つしか無い命を奪っても生きていられるならば、「嫌いなやつは(相応の代償を払って)殺しても良い」と言ってるのと同じだ。
そんな世の中にしてはいけないと思う。

加害者は「殺人者」として生き残り、裁判を受け刑罰が決まって行くんですが、なぜそんな無駄な経費と時間を掛けるのか!?

非常に謎です。

殺人者には即刻死を与えるべきだ。
裁判やらなんやらと無駄な経費と時間を掛けることがどれだけナンセンスか。
殺人を条件付とは言え容認するような法律は即刻改正すべきだろう。

殺人者には、死を!

老害!?

「老害」って言葉が頭をよぎる今日このごろ。

自分の頑固さに磨きがかかり、ちょっとしたことでもイライラするようになってきた。
頑固ジジィになり始めてるらしい。

かくあるべきと言うか、「これが理想だろ?」って所に固執するようになってる。
現実にはなかなかそうならないことも、経験則で判ってるんだが、それでも理想に遠いと、「なんでもっと努力できないんだ!?」と思ってしまう。
特に、他人に対してはそう思うわけだ。
自分は棚上げでね。

自分を取り巻く状況を考えて見た。

札幌という狭い土地でロックバンドと言う集団で活動してきた。
もう、何十年もだ。
一応、地元のバンド界隈ではそれなりに名前も知れ、ある程度音楽することで稼げるようにもなってきた。
知り合いや、友人で音楽で成功した人も出てきてる。
音楽がメインの稼ぎ口じゃないし、それ以外にも稼げるので、あまりこだわってやってる訳じゃないが、別な意味でこだわってやってる。

そう、メインの稼ぎ口じゃないから、自分のわがままを有る程度通しながらやってる。

で、色々模索してやってきたが、新しい若い人も増え、どんどん世代交代の時期が迫ってくるわけだ。
で、ふと周りを見る。

Σ( ̄Д ̄|||〃

まともなミュージシャンが居ない…。

いや、もちろん若くしてメジャーデビューしてる人も回りに何人か居ます。
インディーズとして、活躍中の人もたくさん居ます。

でもね、音楽家と呼べる体裁で音楽してる人は少ないです。

メジャーはもちろん、インディーズでも、「プロ意識」的なものは必要です。
それに、音楽をするにあたっての必要な知識や技術も、常人以上に必要です。

そういう部分が殆どフォローされて無い。

で、原因を考えたんですが、色々あると思う。
特に北海道の状況は特殊なんで、他の地域とは別世界な訳です。

まず、島国。
独立国と言っても差し支えないほど、他の地域とは文化も習慣も違います。
なので、道内で独自の発達を遂げているジャンルは少なくありません。
本当にこの10年くらいまでは、文化的隔たりが大きくて、バンドの世界でも「北海道サウンド」的な扱いがされていました。

最近はインターネットの発達で、情報の平均化が進んで、地方に居ても、中央と同じ速さで情報をつかむことが可能になりました。

しかし、その情報をすぐ使えないんですね。(苦笑

つかんだ情報をなんらかの形で利用しようとも、利用する対象が近くに無い。
これは物理的問題であって、やはり都会の連中にはかなわないわけです。

たとえば、「大手主催のチャンスになりうるイベントが開催されて、参加者を募っている。」なんて情報が入ってきても、開催場所が東京や大阪だと、簡単に北海道からエントリーなんて出来なくなる。

そういう意味で、得た情報を有効に使い切れない場面が多々あったわけです。

そんな状況の北海道で、われわれ世代は道無き道を歩むわけですね。
まぁ、オレはフロンティア精神が無い(笑)ので、友人たちの後について回っただけなんですが、逆に第三者的な立場で見ることが出来た。
先人たちは、道無き道を歩き、そこに道を作ったわけです。
サーベルタイガーがその先人の最先端でしょうね。
それまで、北海道のバンドが有名になるためには、自費でツアーを組み、録音状態の悪い音源をもって旅に出るしかなかった。
それを、北海道に住みながらメジャーデビューまで持っていったその業績は讃えられてしかるべきと思うわけです。

もちろん、ツアーにも出ましたが、最終的に北海道に住みつつ、音楽活動を続けると言う離れ業を成し遂げてしまった。
そうなれば、その道は開けたわけだから、後続がどんどん進みだしてくる。
しかし、サーベルは超えられない。

なぜなら、その道はサーベルが作った道なんですね。
サーベルの先に道は無いんです。

つまり、開拓できない連中が、いくらサーベルの後追いしても、サーベルは絶対に超えられないんです。

このことに、なかなか気づかない人多くてね。
まーオレも気づけなかった一人ではあるんですが…。

で、後進の連中はいつまでも、ダメなんですわ。

もちろん、別な道を開拓した人も何人か居ます。
でも結局、少数派ですし、彼らの後追いもまた然りなわけです。

先人は超えられない。

まぁ、開拓する必要もなくなってきてますしね。
つまり、先人が開拓して、結構いろんな道が開けてる。
今の人はそこ歩いてれば、ソコソコイケる。

でも、ソコソコです。

で、いつまでもサーベル世代が現役でがんばってるから、なかなか表に出れないなんて意見もありますが、結局それは言い訳でしかなく、開拓して無いだけなんじゃないかな?
と思うわけです。
実際に開拓して新しい道を開いてる若い人たちも居ます。

つまり、「老害」ではなく、「若害」なんじゃないでしょうか?(笑